尾張氏

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尾張氏
氏姓 尾張
のち尾張宿禰
始祖 天忍人命
種別 神別天孫
本貫 尾張国愛知郡
著名な人物 世襲足媛孝昭天皇皇后
宮簀媛日本武尊妃)
尾張大隅
建稲種命
尾張草香
尾張馬身
尾張兼時
尾張浜主
後裔 熱田神宮家社家
海部氏(社家)
津守氏(社家)
村国氏
凡例 / Category:氏

尾張氏(おわりうじ)は、「尾張」をの名とする氏族

日本書紀』巻第二の一書(第六第八)によると天火明命(あめのほあかりのみこと)を祖神とし天忍人命から始まるとされる。

美濃飛騨などに居住の後、乎止与命のときに尾張国造となる。倭武の時代には、熱田の南に拠点を移し、その後裔は熱田神宮大宮司を代々務めた。また同族に住吉大社大阪市住吉区)の社家津守氏、そして籠神社京都府宮津市)の社家海部氏(国宝『海部氏系図』による)がある。


畿内政権からみた尾張氏[編集]

記紀ではアメノホアカリ(天火明命)の子孫とされ、皇統譜の古い時期から尾張氏と天皇が結びつき、しばしば后妃を出した氏族とされる。遠祖である奥津余曾の妹、余曾多本毘売命世襲足媛)は第5代孝昭天皇皇后となり、子は第6代孝安天皇となっている。第10代崇神天皇尾張大海媛を妃としている。

尾張国造オトヨ(乎止与命)の子・建稲種命ヤマトタケル(ヲウス、日本武尊、第12代景行天皇の皇子)の東征に副将軍として随伴し軍功を上げた。妹のミヤズヒメ(宮簀媛『日本書紀』、美夜受比売『古事記』)は東征の還路に尾張の地で娶られ、そのときに預かった草薙剣を奉納し熱田社を建てたとある。建稲種命の子の尾綱根命は応神朝に大臣として活躍し、その子の意乎己は大雀朝(第16代仁徳天皇)の大臣となっている。第15代応神天皇は建稲種命の孫の仲姫命を皇后としている。

第26代継体天皇が大和国入りするまでの正妃は尾張連草香の娘、目子媛である。第一子の勾大兄皇子は第27代安閑天皇として、檜隈高田皇子は第28代宣化天皇として即位。第30代敏達天皇皇后額田部皇女(第33代推古天皇)の子に尾張皇子がいる。

壬申の乱では海部氏に養育された大海人皇子へ私邸や資金を提供するなど全面的に支援し、彼の第40代天武天皇の誕生に格段の功績を上げている。持統天皇10年(696年)5月条に、尾張宿禰大隅位階功田を授けられる記事が見える。『続日本紀』天平宝字元年(757年)12月条によれば、この突然の恩賞授与の記事は、壬申の乱の功績によるものであるという。

尾張氏(因幡国)[編集]

尾張氏
(因幡国)
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本姓 出自不詳
出身地 因幡国八上郡
主な根拠地 因幡国八上郡 ほか
支流、分家 佐治氏武家
曳田氏武家
凡例 / Category:日本の氏族

因幡国にも尾張姓を名乗る一族が存在した。この尾張氏は八上郡司を務める豪族平安時代末期には一族のうち佐治氏曳田氏開発領主として成長した。このうちの佐治氏は鎌倉幕府御家人となり、和田合戦で活躍した佐治重貞佐治郷地頭職に任じられたことが知られている。庶流に比べて尾張氏の本流については詳しく分っていない。


関連項目[編集]