尾崎行信

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尾崎 行信(おざき ゆきのぶ、1929年4月19日 - 2014年3月9日)は、元最高裁判所裁判官弁護士

明治から戦後まで衆院議員を務め「憲政の神様」と呼ばれた政治家・尾崎行雄の孫。戦時中に祖父が起訴された尾崎不敬事件では一審は有罪だったが大審院では逆転無罪となった時に「戦争中のひどい時代に立派な判決を出す人がいる」と感銘を受けたという[1]

略歴[編集]

三重県出身。

旧制成蹊高等学校(23回生)を経て[2]1953年東京大学法学部卒業。

嘱託尋問調書の証拠能力を否定したロッキード事件「丸紅ルート」の大法廷判決、靖国神社などへの玉串料の公費支出を違憲とした愛媛県靖国神社玉串料訴訟の大法廷判決に関わったほか、裁判長として「がん告知義務訴訟」などの判決に携わった[4]

2014年3月9日誤嚥肺炎のため東京都内の病院で死去。享年84歳。[5][6]

脚注[編集]

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  1. ^ 野村二郎「日本の裁判史を読む事典」(自由国民社)106頁
  2. ^ 尾崎行信氏(旧高23回文甲1・S25年)逝去 一般社団法人 成蹊会(2014年3月9日)
  3. ^ 業務監視委員会の抜本的改組および本部組織の一部変更について/社外取締役 尾崎行信 略歴 株式会社UFJ銀行(2004年10月13日)
  4. ^ 尾崎行信氏が死去 元最高裁判事 日本経済新聞(2014年3月10日付)
  5. ^ 元最高裁判事の尾崎行信氏が死去 産経新聞(2014年3月10日)
  6. ^ 尾崎行信氏死去 世界日報・11面(2014年3月12日付)

外部リンク[編集]