小野信爾
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人物情報 | |
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生誕 |
1930年??月??日 日本 大分県竹田市 |
出身校 | 京都大学 |
子供 | 小野啓子 |
学問 | |
研究分野 | 歴史学(中国近代史) |
研究機関 | 花園大学 |
小野 信爾(おの しんじ、1930年[1]10月23日[2] - )は、日本の歴史学者。花園大学名誉教授。専攻は中国近代史。
経歴
[編集]1930年、大分県竹田市生まれ。生家は豊後岡藩主中川家の菩提寺として知られる寺院・碧雲寺。山門には豊臣秀吉の朝鮮出兵に際して略奪してきたという「碧雲寺」の扁額が掲げられていた。父親は旧制中学の国語教師だった。
大分県立竹田高等学校を経て、1949年京都大学文学部入学。1951年2月22日、下鴨警察署近くで「アメリカの朝鮮戦争に協力するな」という趣旨のビラを撒いたことで、GHQの占領政策違反に問われて軍事裁判を受け、重労働3年・罰金1000ドルの判決を受けた。文学部の同級生、教授らの減刑嘆願署名などで2年に減刑され、のち講和条約発効により占領法規は失効し釈放となり、復学。1953年から京都での日中友好・学術交流の運動に関わった。1954年、京都大学文学部史学科卒業。1960年京都大学大学院文学研究科東洋史専攻博士課程を満期退学。
1966年より花園大学講師。後に、助教授、教授に昇格。1989年4月より文学部長、1994年4月より副学長をつとめた。2001年に花園大学を定年退職し、名誉教授となった。
家族・親族
[編集]- 妻:小野和子は女性史研究者。京都大学人文科学研究所教授。京都橘大学名誉教授。
- 娘:小野啓子は沖縄大学法経学部教授。
著作
[編集]- 著書
- 『中国人物叢書 第2期12 毛沢東』(人物往来社 1967年)
- 『図説中国の歴史 9 人民中国への鼓動』(講談社 1977年)
- 『新書東洋史 中国の歴史5 人民中国への道』(講談社現代新書 1977年)
- 『五四運動在日本』(汲古書院汲古叢書 2003年)
- 『青春群像―辛亥革命から五四運動へ』(汲古書院 2012年)
- 『京大生・小野君の占領期獄中日記』(宇野田尚哉、西川祐子、西山伸、小野和子、小野潤子編 京都大学学術出版会 2018年)
- 共著
- 『世界の歴史 11 ゆらぐ中華帝国 - 所収のうち「十九世紀中国の仏教運動―植民地主義への抵抗」(里井彦七郎共著・筑摩書房編集部編 筑摩書房 1961年)
- 『辛亥革命の思想』(島田虔次共編 筑摩書房筑摩叢書 1968年)
- 翻訳・共訳書
脚注
[編集]- ^ 小野, 信爾, 1930- 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス
- ^ 『著作権台帳』
出典
[編集]- 『五四運動在日本』著者紹介