小野仁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
小野 仁
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 秋田県秋田市
生年月日 (1976-08-23) 1976年8月23日(41歳)
身長
体重
187 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1996年 ドラフト2位
初出場 1997年7月16日
最終出場 2001年4月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗日本
五輪 1996年
オリンピック
男子 野球
1996 野球

小野 仁(おの ひとし、1976年8月23日 - )は、秋田県秋田市出身の元プロ野球選手投手)。左投右打。

来歴・人物[編集]

現役時代のニックネームは「グレイ」。小顔、坊主頭、なで肩であったのが宇宙人っぽかったため。

秋田経法大付属高校2年時に春夏連続で甲子園に出場したがいずれも初戦敗退。第65回選抜大会では鳥取西戦で16安打を許し7四死球を出したが逆に15三振を奪い、注目を集めた。3年時では春夏連続で甲子園に出場できなかったため中川2世と言われたこともあった。1994年の世界選手権で高校生としては史上初の代表入りを果たす。左腕から150km/h近いストレートを武器に強豪キューバから三振を取るなど、超高校級の逸材といわれ、ドラフトでは8球団以上の競合は確実とまで言われた。

アマチュア凍結選手となり高校からはプロへ進まず、日本石油に入社。社会人ではフォームを崩すなど伸び悩み、川村丈夫の影に隠れる格好となった。

1996年アトランタオリンピックに出場。アマチュア凍結選手の特例[1]として同年のドラフト会議にて巨人から2位指名(逆指名)を受けて入団。二軍ではノーヒットノーラン、1試合20奪三振を達成するなど格の違いを見せたが、一軍では登板即5連続四球するなど精神面の弱さが仇となってしまった。この間も制球難を克服するためサイドスローに転向したりスリー・クォーター気味のフォームにしたりと試行錯誤を繰り返したが効果は出なかった。

1999年には背番号12を剥奪され、47へ変更される。この際小野の反発が心配されたが、小野自身は「工藤さんと同じ背番号で、工藤さんと同じ左投手の自分には縁起がいい」と前向きに捉える発言をしていた[2]が、その背番号も同年オフに工藤がFA福岡ダイエーホークスから移籍したことによりわずか1年で剥奪された。

2002年はファームで最優秀防御率(防御率1.68)を獲得した。同年11月永池恭男と共に中濱裕之吉川元浩との交換トレードで大阪近鉄バファローズへ移籍。しかし2軍ですら防御率31.91と戦力にはならず、2003年戦力外通告を受け退団。プロではわずか3勝に終わる。

2004年メジャーリーグミネソタ・ツインズとマイナー契約。2005年11月7日12球団合同トライアウトに参加するが、3四球と結果は残せず獲得する球団はなかった。

その後はさまざまな職を転々とした末[3]、人材派遣会社のトラストブレインパートナーズに勤務している。[3]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1997 巨人 11 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 81 17.1 21 3 7 0 0 13 0 0 16 13 6.75 1.62
1998 15 11 0 0 0 2 7 0 -- .222 265 59.0 66 7 29 0 3 40 4 0 35 34 5.19 1.61
1999 2 2 0 0 0 0 1 0 -- .000 36 6.2 8 1 7 0 0 5 1 0 8 5 6.75 2.25
2000 1 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 17 3.1 5 0 2 0 0 0 0 0 2 2 5.40 2.10
2001 7 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 43 7.1 12 1 7 0 1 7 0 0 8 6 7.36 2.59
通算:5年 36 15 0 0 0 3 8 0 -- .273 442 93.2 112 12 52 0 4 65 5 0 69 60 5.77 1.75

記録[編集]

背番号[編集]

  • 12 (1997年 - 1998年)
  • 47 (1999年)
  • 13 (2000年 - 2002年)
  • 15 (2003年)

脚注[編集]

  1. ^ 通常、高卒社会人は3年を満たないと指名を受けられないが、当時指名凍結選手は当該オリンピック後のドラフトではその規定に関係なく指名できた。
  2. ^ 二宮清純、江川卓 『江川卓 スカウティングレポート'99』 ザ・マサダ、1999年。ISBN 4-915977-84-6
  3. ^ a b かつて高校生でキューバの主砲を封じた元巨人・小野仁の今 ようやく見つけた"やるべきこと"スポーツ報知 2017年9月11日 2017年9月12日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]