小畑惟清

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小畑 惟清(おばた これきよ、1883年6月2日 - 1962年7月23日)は、日本の医学者産婦人科医。元日本医師会会長、日本産科婦人科学会会長。熊本県熊本市出身。

経歴[編集]

熊本県立熊本中学校官立第五高等学校を経て1931年東京帝国大学医学部を卒業。同大学産婦人科に入局、翌年浜田病院に勤務、1910年ドイツのギーセン大学とベルリン大学に留学。 1913年浜田病院副院長となり、1917年5月14日主論文『胎児骨盤の化骨核』により医学博士の学位を受けた[1]1919年浜田病院院長に就任。 1948年以降東京都特別区公安委員長、日本医科大学監事、東京都医師会会長を歴任し、1955年 - 1957年まで日本医師会会長をつとめた[2][3]1958年藍綬褒章受章。

1962年7月23日死去、79歳没。

著書[編集]

  • 『喜寿一生の回顧』

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第1447号、大正6年5月30日。
  2. ^ "浜田病院:沿革"、医療法人財団小畑会浜田病院公式サイト(2009年9月11日閲覧)。
  3. ^ 有岡二郎『日本医師会創立記念誌:戦後五十年のあゆみ』日本医師会、p48、日本医師会公式サイト(2009年9月11日閲覧)。