小泉苳三
ナビゲーションに移動
検索に移動
小泉苳三(こいずみ・とうぞう、1894年4月4日 - 1956年11月27日)は大正・昭和期日本の歌人、国文学者。本名は小泉藤造。別号は小泉藤三。
目次
生涯[編集]
神奈川県横浜市に生まれる。1917年(大正6年)に東洋大学国文学科を卒業し、立命館大学・関西学院大学、一時は国立北京師範大学教授をも兼任する。専攻は国語国文学(近代短歌史)[1]。
和歌は尾上柴舟に師事し、歌誌『車前草』をへて『水甕』の同人となる。一時は『水甕』の編輯にも関わる。京城にいた時代に『ポトナム』誌を創刊し、『水甕』の同人を辞す。雑誌の統制期に入ると『ポトナム』を『アララギ』に併合させて休刊している[2]。
満州事変後に歌人として従軍し、歌集『山西前線』を公刊していたために、敗戦後は戦争協力者として公職追放の憂き目に遭う(1952年(昭和27年)9月に解除)[3]。
著書[編集]
文学史・評論[編集]
- 『維新志士勤王詩歌評釈』(1913年)
- 『漢文法と漢文解釈法』(1926年)
- 『根岸短歌会の位相』(1934年)
- 『明治大正歌書年表』(1935年)
- 『明治大正短歌資料大成』(1940-1942年、全3巻)
- 『日本語文の性格』(1944年)
- 『歌人子規とその周囲』(1947年)
- 『これからの短歌の味ひ方作り方』(1947年)
- 『近代短歌史・明治篇』(1955年)
歌集[編集]
- 『夕潮』
- 『くさふぢ』
- 『山西前線』
- 『くさふぢ以後』(1960年)