小泉芳江

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小泉 芳江(こいずみ よしえ、1907年明治40年) - 2001年平成13年)10月30日)は、日本の第87・88・89代内閣総理大臣小泉純一郎の母。また、小泉又次郎の娘、小泉純也の妻、小泉孝太郎小泉進次郎の祖母でもある。

来歴・人物[編集]

神奈川県横須賀市出身。父は小泉又次郎、母は石川ハツ(富山県滑川出身[1])。又次郎は正妻ナオとの間に子どもがなかったので、石川ハツが芳江を産んだ。又次郎によると「誰の腹でもいいから、自分の子供はもっておくものだね」という[2]

芳江は、1929年昭和4年)日本女子大学の家政学科を卒業した[3]。父・又次郎が幹事長をつとめる立憲民政党の事務職員だった鮫島純也(鹿児島県出身)と知り合ったが、又次郎から結婚を反対されたため駆け落ちし、東京・青山の同潤会アパート同棲をはじめた[4]。純也が代議士になることを条件に許され、又次郎のもとへ戻った芳江と純也は三女二男をもうけた[4]

2001年(平成13年)10月30日、呼吸不全のため神奈川県横須賀市内で死去。満93-94歳没。

エピソード[編集]

芳江について、又次郎の養女だった近藤壽子によると「(芳江は)気に入らないとすぐに絶縁するんです。絶縁が大好きなの(笑)。でも人がいいから、たいてい自分の方から折れてくる。やはりお嬢さんですね。」という[5]

家族・親族[編集]

小泉家[編集]

神奈川県横浜市金沢区横須賀市
慶応元年5月1865年6月)生 - 1951年昭和26年)9月
  • 母・石川ハツ(又次郎の妾)
  • 夫・純也(政治家)
1904年明治37年)1月生 - 1969年(昭和44年)8月
1942年(昭和17年)1月生 -
1978年(昭和53年)7月生 -
1981年(昭和56年)4月生 -

参考文献[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 佐野眞一 著 『小泉政権 ― 非情の歳月』148頁
  2. ^ 佐野眞一 著 『小泉政権 ― 非情の歳月』148頁
  3. ^ 佐野眞一 著 『小泉政権 ― 非情の歳月』159頁
  4. ^ a b 佐野眞一 著 『小泉政権 ― 非情の歳月』156頁
  5. ^ 佐野眞一 著 『小泉政権 ― 非情の歳月』155頁