小林聡

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小林 聡
基本情報
本名 小林 聡(こばやし さとし)
通称 野良犬(のらいぬ)
階級 ライト級AJKF
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1972-03-16) 1972年3月16日(46歳)
出身地 長野県長野市
スタイル キックボクシング
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小林 聡(こばやし さとし、1972年3月16日 - )は、日本キックボクサー。引退後は全日本キックボクシング連盟ゼネラルマネージャーを務めた。長野県長野市出身。様々な団体を渡り歩いてきたことから「野良犬」という異名を持つ。元WKAムエタイ世界ライト級王者。現在、芸能プロダクション株式会社BBEに所属している。

来歴[編集]

1972年3月16日長野県長野市で生まれる。小学校高学年の時からジャッキー・チェンのファンになる。本人曰く、最初の格闘技は自己流の形意拳だという。その後、少林寺拳法を始める。

高校進学後、宮越ジムに入門。出席日数が足りず高校1年で退学になる。1988年2月に、まだ16歳だったが、17歳と偽って日本キックボクシング連盟でプロデビュー。デビュー戦をKO勝ちで飾る。その後上京し、宮越ジム所属渡辺ジム預かりとなった。バンタム級の選手として活動するが、デビュー戦後は3連敗する。これを機に長野県に戻り、アマチュア団体(同好会)長野県ムエタイ連盟を設立。キックボクシングだけでなく有刺鉄線マッチなどプロレスの試合も行った。

長野県に戻って2年後、格闘技の雑誌を読み、東京北星ジムがディスコでムエタイのショーを行うことを知った。小林は参加した。その後毎週参加し、デビュー戦も含めて計5-6回は参加した。試合後はファイトマネー5000円とチップ数万円を受け取っていた。18歳の終わり頃に、家族に何も言わずに再度上京。東京北星ジムに正式に所属する。

1991年10月26日に、全日本キックボクシング連盟フェザー級のキックボクサーとして再度プロデビューを果たした。そののち、4度オランダにわたり、その都度所属団体も変わった。単に国内のジムや所属団体を転々とするだけでなく、国・大陸をも渡り歩く奔放さによって、彼はいつしか「野良犬」とあだ名されるようになった。テーマ曲はキッズ・リターンである。

2000年1月21日、全日本ライト級タイトルマッチで金沢久幸(同級王者)に挑戦し、判定3-0で第11代全日本ライト級王者となった。試合前の金沢の「なんちゃてキックボクサー」発言に反発し、試合前は絶対に負けられないという想いで試合に臨んだ。同年7月30日、WKAムエタイ世界ライト級王者決定戦でマルコ・“アドレナリン”・コスタグータ(イタリア/同級1位)と対戦。4R3:00KO勝ちし、新王者になる。12月9日、イタリアポルデノーネで行われたWPKCムエタイ世界ライト級王者決定戦(肘禁止)で、マルコ・コスタグータ(イタリア)と再戦し、王者になる。

2001年9月7日、軽量級のタイ人ムエタイ王者をKOで倒すという快挙を成し遂げる。タイラジャダムナン・スタジアムライト級王者テーパリット・シットクグォンイムと全日本キック興行で対戦し、4R0分21秒KO勝ち。これは歴史的な出来事であった。

2002年12月14日、ルンピニー・スタジアムで行われた「TOYOTAタイランド・ムエマラソン 140ポンド・トーナメント」に参加。1回戦でエルビス・ロムポージム(カメルーン)を1R2:09KO(膝蹴り)で勝利し、2回戦でもティモー・フォンジム(オーストラリア)に2R0:33ローキックでKO勝利を収めるが、決勝戦でブアカーオ・ポー.プラムックに3R判定で敗れ準優勝に終わった。

2005年1月4日、WPKC世界ライト級タイトルマッチで大月晴明と対戦。3R2分31秒TKO敗けを喫し、王座を手放す。

2006年11月12日、全日本キック「Solid Fist」で、ムエタイ現役4冠王者ジャルンチャイ・ケーサージムに5R判定0-3(48-50、48-50、49-50)で敗戦後、突然の引退宣言を行う。

2007年3月9日、全日本キック「Departure 〜野良犬FINAL〜」で「野良犬ファイナルマッチ」としてジムの後輩前田尚紀と3分1Rのエキシビション試合を行った。試合後、引退セレモニーが行われ、10カウントゴングでリングを後にした。5月、全日本キックボクシング連盟のGM(ゼネラルマネージャー)に就任した。GMとしての能力は高く、2009年、自己のプロデュースする大会につけめんの人気店をスポンサーに付けた。同団体は2009年8月に解散。

2009年9月21日、ZERO1『橋本真也デビュー25周年 破壊王伝承 in 後楽園大会』において、橋本大地のプレデビュー戦となる2分2Rのキックボクシングエキシビションマッチの相手を務めた。エキシビションながら橋本から2度のダウンを奪った[1]

2011年、指導の場をZERO1道場に移し「ZERO1野良犬道場」として後進の育成のみならず以前より指導を受けていた日高郁人を始めとするZERO1所属レスラーに打撃の指導を行っている。2012年には日高とともに指導に当たった女子選手の夕陽がZERO1からデビューした。

2014年6月21日、グッドルーザー運営の下でKICKBOXING ZONEを11月9日に旗揚げすることを発表し、GMに就任[2]

人物[編集]

様々な団体を渡り歩き、最後は藤原敏男が会長を務める藤原ジムに落ち着いた。左フックと右ストレートを得意としている。本人は須藤信充金沢久幸だけは絶対に馬が合わないと断言している。普段の彼は実際にはお笑い好きでプロレス好き。PRIDEも好きで、PRIDEのリングでキックボクシングの試合が出来ないかかけあったこともある。

2008年には映画『チーム・バチスタの栄光』に不定愁訴外来常連の患者・鮫島役で出演した。

2012年には映画『名無しの十字架』を企画し出演した。

戦績[編集]

日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1987年2月13日 勝利 2R1′4″ KO 高木満弘(アジア太平洋キック連盟・みなみ) 日本の旗 日本 日本キックボクシング連盟・後楽園
日本キック連盟・宮越ジム所属として初戦?
1988年5月14日 1R1′14″ KO 遠藤周作(伊原) 日本の旗 日本 日本キック連盟・後楽園
日本キック連盟・宮越ジム所属として
1989年6月10日 1R1′29″ KO 遠藤裕之(平戸) 日本の旗 日本 日本キック連盟・後楽園
日本キック連盟・宮越ジム所属として
1991年10月26日 勝利 3R 判定3-0 中島稔倫 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園「SOAR INTO THE SPACE Chapter VI」
東京北星ジム所属として初戦
1991年11月17日 勝利 2R KO キム・サンホ 大韓民国の旗 韓国 韓国遠征。初海外試合
1992年5月30日 3R 判定0-3 内田康弘 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園「One Truth 3rd」
1992年12月19日 勝利 2R1:06 KO 宮本裕行 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園「One Truth 9th」
1993年6月20日 2R KO 佐藤孝也 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
この後、オランダに年末まで滞在
1993年 ? 判定 ? イギリスの旗 イギリス 英国遠征。ロンドン
日本で3回戦の選手がオランダ軍団大将として国際対抗戦
1994年2月28日 勝利 5R 判定3-0 パーサクノーイ タイ王国の旗 タイ プロレスの「藤原組」・後楽園
プロレス興行にゲスト出場
この試合からライト級に階級を上げる
この試合のみ5回戦
1994年3月26日 勝利 3R 判定2-0 兜甲児 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
1994年4月23日 勝利 3R 判定3-0 宮本隆行 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
1994年6月17日 勝利 1R KO 林亜欧 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
1994年10月30日 勝利 3R KO 杉田健一 日本の旗 日本 この試合から五回戦に昇格
全日本キック・後楽園
東京北星ジム主催興行
ノンタイトルながら現役全日本王者にKO勝ち
1995年1月7日 3R KO 内田康弘 日本の旗 日本 全日本キック・東京ベイNKホール
全日本ライト級王者決定戦
1995年3月23日 3R TKO スーラサッグ タイ王国の旗 タイ タイ遠征
ラジャダムナン・スタジアム
1995年7月2日 引分 5R 判定1-1 崔永益 大韓民国の旗 韓国 全日本キック・後楽園
1995年9月29日 1R KO 崔永益 大韓民国の旗 韓国 全日本キック・後楽園
この後オランダに再度滞在
1996年4月29日 勝利 4R TKO 今井武士(日本キック) 日本の旗 日本 全日本キック「全日本・日本キックボクシング協会 交流戦」・後楽園
全日本キックで最後の試合
1996年10月6日 勝利 1R1:10 KO 斉藤直弘 日本の旗 日本 NJKF旗揚げ戦「'96ジャパンカップ6階級タイトルマッチ」・東京ベイNKホール
NJKFライト級王座決定戦
王座獲得
1996年12月8日 勝利 5R 判定3-0 勝山恭次 日本の旗 日本 パワーナインジム主催・五島列島
1997年1月16日 5R TKO ガウナー・ソーケッタリンチャン タイ王国の旗 タイ ニュージャパンキックボクシング連盟主催・後楽園ホール
1997年4月6日 勝利 3R2:31 KO ソムチャーイ高津 日本の旗 日本 NJKF・後楽園「Beggining of Truth Part5」
NJKFライト級タイトル戦・防衛1
この後三たびオランダへ。東京北星ジムとNJKFから脱退
1997年9月28日 勝利 4R KO 金沢久幸 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
実質フリーとして全日本に参戦。形式上、オランダ・メジロジム所属選手と名乗った。試合終了後またオランダへ
1998年4月12日 5R 判定0-3 オスカム・オクタイ オランダの旗 オランダ オランダ
NKBB&MTBNメジロジム「KO POWER tournament」
オランダムエタイルール
1998年7月24日 勝利 2R TKO ディアス カナダの旗 カナダ K-U旗揚げ戦「キック・ユニオン設立記念試合」・後楽園
ここから藤原ジム所属
1998年9月22日 勝利 2R0:55 KO 須藤信充 日本の旗 日本 K-U
K-Uライト級タイトル戦・獲得
1998年10月25日 勝利 2R0:55 KO 井瀬活大(シュートボクシング 日本の旗 日本 世界格闘技団体連合(士道館など)
「キックボクシング・チャンピオンウォーズ・オールスター戦」
両国国技館
1998年11月14日 勝利 5R 判定3-0 外智博(J-NETWORK) 日本の旗 日本 シュートボクシング
「Ground Zero Tokyo」
日本武道館
シュートボクシング主催の一大イベント
シュートボクシングのマットでJ-NETWORKとキックの試合
唯一の武道館での試合
1999年1月22日 3R TKO チャナペック タイ王国の旗 タイ K-U・後楽園
1999年4月29日 勝利 5R TKO ヨードラック タイ王国の旗 タイ K-U・メッセ昭島
藤原ジムはこの試合を最後にK-Uを脱退
1999年6月18日 勝利 2R TKO 佐藤堅一 日本の旗 日本 MA日本キック「仁義なき戦い PART2」・後楽園
藤原ジムとしてMA日本キックにフリー参戦
1999年7月13日 5R 判定0-3 五十嵐ヨシユキ(J-NETWORK) 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
藤原ジムとして全日本キックにフリー参戦
1999年9月3日 勝利 2R KO 林亜欧 日本の旗 日本 全日本キック・後楽園
藤原ジムとして全日本キックにフリー参戦
1999年11月22日 勝利 3R2:23 KO 五十嵐ヨシユキ(J-NETWORK) 日本の旗 日本 全日本キック「WAVE-XIII」全日本ライト級タイトル戦挑戦者決定戦
藤原ジムが全日本に復帰(再加盟)
2000年1月21日 勝利 5R 判定3-0 金沢久幸 日本の旗 日本 全日本キック「LEGEND-I」
全日本キックライト級タイトル戦
王者金沢を下しタイトル奪取
2000年3月16日 勝利 1R2:07 KO(左フック) モハメッド・ヤマニ フランスの旗 フランス 全日本キック「LEGEND-III」
2000年5月24日 引分 5R 判定0-1 デビッド・ガーン  ニュージーランド 全日本キック「LEGEND-V」
2000年6月20日 勝利 1R1:58 KO(ローキック) 明日華和哉(野尻和哉 日本の旗 日本 全日本キック「LEGEND-VI」
2000年7月30日 勝利 4R3:00 KO(膝蹴り) マルコ・コスタグータ イタリアの旗 イタリア 全日本キック「LEGEND-VII」
WKAムエタイ世界ライト級王者決定戦・獲得
2000年10月22日 勝利 5R 判定3-0 クリストファー・レベック フランスの旗 フランス 全日本キック「LEGEND-IX」
2000年11月29日 勝利 2R1:03 KO(左フック) ダニエル・"ヒットマン"・ハッチ  ニュージーランド 全日本キック「LEGEND-X」
2000年12月9日 勝利 5R 判定3-0 マルコ・コスタグータ イタリアの旗 イタリア イタリア遠征
WPKCムエタイ世界ライト級王者決定戦・獲得
2001年1月4日 勝利 5R 判定3-0 アンドレ・ロンキー イタリアの旗 イタリア 全日本キック「THE CHAMPIONSHIP」
WPKCムエタイ世界ライト級タイトルマッチ・防衛2
2001年3月16日 5R 判定0-3 サッダム タイ王国の旗 タイ 全日本キック「CROSS FIRE-I」
2001年5月17日 勝利 2R1:31 KO ジャン・スカボロスキー フランスの旗 フランス 全日本キック「JUST BRING IT!」
2001年6月10日 勝利 2R1:57 KO ルーラウィー タイ王国の旗 タイ 全日本キック「KICKBOXING "DOG FIGHT"」
2001年7月22日 勝利 2R2:50 KO マーシャル・エリザベス オランダの旗 オランダ 全日本キック「BLAZE UP」
2001年9月7日 勝利 4R2:01 KO テーパリット タイ王国の旗 タイ 全日本キック「REVOLVER」
ノンタイトル戦ながらラジャダムナン同級王者にKO勝ち
2001年11月30日 勝利 1R1:24 KO(右フック) オスマン・イギン  ベルギー 全日本キック「LIGHT ON!」
2002年1月4日 勝利 5R 判定3-0 金沢久幸 日本の旗 日本 全日本キック「KICK MIND」
2002年3月17日 2R2:19 TKO(レフェリーストップ) ナムサックノーイ タイ王国の旗 タイ 全日本キック「OVER the EDGE」
2002年7月21日 勝利 3R0:35 KO ヨセフ・ブリーヂ  ハンガリー 全日本キック「CRUSH!」
WPKCムエタイ世界ライト級タイトルマッチ・防衛1
2002年9月6日 3R2:10 KO サムゴー タイ王国の旗 タイ 全日本キック「GOLDEN TRIGGER」
ルンピニー王者とのノンタイトル戦
2002年11月17日 勝利 2R2:03 KO(膝蹴り) ロベルト・バッシリ イギリスの旗 イギリス 全日本キック「BACK FROM HELL-I」
2002年12月14日 勝利 1R2:09 KO(膝蹴り) エルビス カメルーンの旗 カメルーン タイ遠征
TOYOTAムエマラソン 140ポンド・トーナメント 1回戦
2002年12月14日 勝利 2R0:33 KO(ローキック) ティモー オーストラリアの旗 オーストラリア TOYOTAムエマラソン 140ポンド・トーナメント 準決勝
2002年12月14日 3R 判定0-3 ブアカーオ タイ王国の旗 タイ TOYOTAムエマラソン 140ポンド・トーナメント 決勝
2003年3月8日 2R1:53 KO(フック) イム・チビン 大韓民国の旗 韓国 全日本キック「全日本ライト級最強決定トーナメント」1回戦
2003年5月23日 3R 判定0-2 花戸忍 モンゴルの旗 モンゴル 全日本キック「全日本ライト級最強決定トーナメント 〜決勝戦〜」準決勝
イム・チビン負傷のためリザーバーとして
2003年11月23日 勝利 3R 判定3-0 吉本光志 日本の旗 日本 全日本キック「SCRAMBLE」
2004年2月25日 勝利 2R2:03 KO キム・ゾンソップ 大韓民国の旗 韓国 全日本キック「DOG FIGHT! -野良犬"ワン"マッチ-」・北沢タウンホール
この試合一試合だけの興行。満員
2004年4月16日 3R 判定0-3 サトルヴァシコバ 日本の旗 日本 全日本キック「全日本ライト級最強決定トーナメント2004 2nd.STAGE」2回戦
2004年8月22日 勝利 4R2:20 KO(3ノックダウン:右ローキック) アンディ・ドナルドソン  ニュージーランド 全日本キック「SUPER FIGHT -LIGHTNING-」
2004年11月27日 2R TKO (ドクターストップ:カット) カーオポーンレック タイ王国の旗 タイ イタリア遠征
WPKC
2005年1月4日 3R2:31 KO 大月晴明 日本の旗 日本 全日本キック「SURVIVOR」
WPKCムエタイ世界ライト級タイトルマッチ・陥落
2005年4月17日 勝利 1R2:32 KO(3ノックダウン:左ボディブロー) ジョナータ・ザルボ イタリアの旗 イタリア 全日本キック「NEVER GIVE UP」
2005年7月24日 勝利 3R1:45 TKO(タオル投入) デビッド・リー・ホイ オーストラリアの旗 オーストラリア 全日本キック「SUPER FIGHT 〜日本VS世界・5対5マッチ〜」
2005年9月16日 勝利 2R1:15 KO(右フック) マシュー・ジョンストン イギリスの旗 イギリス 全日本キック「STACK OF ARMS」
2005年12月5日 勝利 3R2:57 KO(3ノックダウン:右ローキック) リチデット タイ王国の旗 タイ 全日本キック「Fujiwara Festival 〜藤原祭り2005〜」
2006年3月19日 2R0:28 TKO(ドクターストップ:眉間のカット) ヨードクングライ タイ王国の旗 タイ 全日本キック「SWORD FIGHT 2006 〜日本VSタイ・5対5マッチ〜」
2006年6月11日 勝利 1R2:20 KO(左ボディブロー) ヨードクングライ タイ王国の旗 タイ 全日本キック「Triumph」
2006年11月12日 5R 判定0-3 ジャルンチャイ タイ王国の旗 タイ 全日本キック「Solid Fist」
ラジャダムナン王者とのノンタイトル戦
2007年3月9日 1R - 前田尚紀 日本の旗 日本 引退試合
テンプレート

獲得タイトル[編集]

  • WKAムエタイ世界ライト級王座(2000年7月30日 - 引退時)
  • WPKCムエタイ世界ライト級王座(2000年12月9日 - 2005年1月4日)
  • 第11代全日本ライト級王座(2000年1月21日 - 2001年返上)
  • 初代NJKFライト級王座(1996年 - 1997年返上)
  • 第2代K-Uライト級王座(1998年9月22日 - 1999年中頃返上)

DVD[編集]

全てクエストから発売

試合のビデオ

  • 『小林聡伝説 野良犬』
  • 『小林聡伝説FINAL - 野良犬LAST STAND』 引退試合を収録

教則ビデオ

  • 『小林聡 全日本キック 実戦テクニック徹底解明 vol.1』
  • 『小林聡 全日本キック 実戦テクニック徹底解明 vol.2』

書籍[編集]

  • 『野良犬 キックボクサー小林聡の軌跡』(エンターブレイン、2007年4月20日) ISBN 978-4757735422

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

ZERO1 野良犬道場 小林聡が会長を務めるキックボクシングジム 所属事務所 株式会社BBE

前王者
王座新設
初代NJKFライト級王者

1997年4月6日 - 1998年6月14日

次王者
佐藤孝也
前王者
須藤信充
第2代K-Uライト級王者

1998年9月22日 - 1999年

次王者
王座はNKBに移行
前王者
金沢久幸
第11代全日本ライト級王者

2000年1月21日 - 2001年

次王者
金沢久幸
前王者
不明
WPKCムエタイ世界ライト級王者

2000年12月9日 - 2005年1月4日

次王者
大月晴明
前王者
不明
WKAムエタイ世界ライト級王者

2000年7月30日 - 2007年

次王者
N/A