小林米三郎

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2代 小林 米三郎(こばやし よねさぶろう、1886年明治19年)11月[1] - 1968年昭和43年)6月25日[1])は、大正・昭和期の実業家政治家参議院議員小林酒造社長[2]栗山町名誉町民 [2]。旧姓・田中、旧名・栄[3]

経歴[編集]

新潟県刈羽郡、のちの二田村で田中九平太の二男として生まれる[2][3]。1903年(明治36年)新潟県立柏崎中学校(現新潟県立柏崎高等学校)を卒業[1][2][注 1]。初代・小林米三郎の養子となり2代米三郎を襲名し酒造業を継承した[2]

北海道砂利採取、日本高圧コンクリートなど多くの企業を設立した[2]。酒造組合中央会常任評議員、北海道酒造組合理事長、北海道商工連合会会頭、北海道商工経済会理事、北海道商工会議所理事、北海道殖産銀行頭取、北海道銀行取締役、札幌酒精工業取締役、日本電気冶金取締役、北海道酒類販売取締役、夕張鉄道取締役、栗山運送取締役社長、北海道セメント販売取締役社長、空知酒類醸造取締役社長、北海道ヒューム管取締役社長などを務めた[1][2]

1947年(昭和22年)4月、第1回参議院議員通常選挙北海道地方区から出馬して当選(補欠、任期3年)[1][2][4]。1950年(昭和25年)6月、第2回通常選挙自由党所属で出馬したが落選し[4]、参議院議員を1期務めた[1][2]

その他、札幌財務局管内所得審査委員、司法保護委員会常務委員なども務めた[1]

親族[編集]

  • 妻 小林チノ(養父米三郎長女)[3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 『大衆人事録 第14版 北海道・奥羽・関東・中部篇』北海道23頁では早大卒業。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 貴族院・参院議員名鑑』307頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 『北海道歴史人物事典』332頁。
  3. ^ a b c 『大衆人事録 第14版 北海道・奥羽・関東・中部篇』北海道23頁。
  4. ^ a b 『国政選挙総覧 1947-2016』407頁。

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版 北海道・奥羽・関東・中部篇』帝国秘密探偵社、1943年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『北海道歴史人物事典』北海道新聞社、1993年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。