小林泉美 (棋士)

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 小林泉美 六段
名前 小林泉美
生年月日 (1977-06-22) 1977年6月22日(42歳)
プロ入り年 1995年
出身地 東京都
所属 日本棋院
師匠 小林光一名誉三冠
段位 六段
概要
タイトル獲得合計 10
戦績
女流本因坊 3期(2001-03)
女流名人 3期(2001,03-04)
女流棋聖 2期(1998-99)

小林 泉美(こばやし いづみ、1977年(昭和52年)6月20日 - )は、日本棋院所属の囲碁女流棋士小林光一名誉三冠門下。東京都出身。タイトル10期。

女流棋士初の女流タイトルグランドスラム達成者。

祖父は木谷実九段、父は小林光一名誉三冠、母は小林禮子七段という囲碁一家に生まれる。弟と妹がいる。

来歴[編集]

2001年、女流棋士初の女流三大タイトル(女流棋聖・女流本因坊・女流名人)の同時二冠(棋聖以外)を成し遂げる。また三大タイトル経験者となる。

2003年張栩と結婚。当時張栩が本因坊を、泉美が女流本因坊のタイトルを持っていたため「本因坊カップル」と呼ばれた。

2005年に女流最強戦に優勝し、女流棋士初のグランドスラム(女流五タイトル中三冠(女流名人・女流最強・女流早碁)を達成し、唯一の女流五タイトル経験者となる。またタイトル獲得数が10となり、母・禮子と並ぶ[1]

また、2003年と2004年に2年連続で十段戦の本戦入り、NHK杯で2勝を挙げ3回戦に進出するなど、女流棋戦だけでなく、一般棋戦での実績もある。

2004年の第43期十段戦では父・小林光一九段との公式戦初対戦が実現[2]

2015年5月、夫の張栩が成績不振から日本を離れることとなり、子どもと共に台湾に生活の場を移すため、日本棋院に休場を申し出た[3]。台湾で子育て中心の生活を送る。

2016年7月、日本帰国。9月1日、日本棋院に復帰届を出した。

娘2人がいる。2006年3月24日に長女[4]2009年11月10日に次女[5]を出産した。

タイトル歴[編集]

登場回数 19回 獲得合計 10期


女流棋士タイトル獲得数ランキング
順位 獲得回数 棋士名
1位 27期 謝依旻六段*
2位 12期 藤沢里菜女流本因坊・女流立葵杯・女流名人・扇興杯*
3位 11期 青木喜久代八段*
4位タイ 10期 杉内寿子八段* | 小林禮子七段 | 小林泉美六段*
7位 9期 知念かおり六段*
8位 8期 伊藤友恵七段
9位タイ 7期 本田幸子七段* | 楠光子八段
11位 6期 小林千寿六段*
*は現役棋士 第4回扇興杯女流最強戦終了時点。

家系[編集]

木谷實九段
 
 
 
 
禮子
女流名人
 
小林光一
名誉三冠
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小林泉美
女流本因坊
 
張栩 元五冠
 
 
 
 

エピソード[編集]

  • 父・光一九段から囲碁の英才教育を受けた。生後11ヶ月で「アタリがわかった」という伝説がある。
  • 結婚前「理想のタイプの男性は?」と聞かれ、「お父さんより囲碁が強い人」と答えていた。実際に張栩は2000年に初対戦で小林光一を破っている。
  • 1996年ペア碁選手権戦では父光一とのペアで優勝を果たしている。優勝は娘のお蔭と光一は述べている。翌年も優勝ペアとして、出場したが準決勝で敗退した。1999年・2000年も籤により、光一と組むことになったが途中敗退。
  • 2004年の十段戦敗者復活1回戦で父・光一九段と対戦(中押し負け)。本戦での親子対局は史上初。

脚注[編集]


外部リンク[編集]