小林啓二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

小林 啓二(こばやし けいじ、1951年2月1日 - )は、日本の元オートレース選手熊本県出身。8期、山陽オートレース場所属。

師匠は西島員規(期前、引退)、弟子は池浦一博(18期)、人見剛志(28期)。所有車は「ザ・シュベール/マーベリック/シンプソン /K・シンプソン/ チャンボゴ/テバク」。

選手データ[編集]

  • プロフィール
  • 戦歴
    • 通算優勝回数:150回(史上第2位)
    • グレードレース(SG、GI、GII)優勝回数:34回
    • 全国区レース優勝回数、SG優勝回数:1回
    • GI優勝回数:20回
    • GII優勝回数:13回
    • 年間最多優勝選手:4回
    • 年間最多勝利選手:5回(高橋貢とともに史上最多タイ)
    • 通算勝利数:1636勝(史上最多)
  • 受賞歴
    • 最優秀選手賞:1回
    • 優秀選手賞:9回(高橋貢とともに史上最多タイ)
    • 特別賞:4回
    • 日刊三賞・技能賞:4回(浦田信輔とともに史上最多タイ)
    • 日刊三賞・特別賞:1回

人物[編集]

  • デビュー翌年に3級車での現在のGI相当の記念制覇や1600勝達成などの記録を持ち、62歳ながら全国上位ランクをキープしている。
  • バイクの傾けがやや大きく、脚をあまり出さないフォームで無理なつっこみをせず立ち上がりで捌くタイプである。
  • スタートがあまり早くないため、オープン戦は苦戦していたがハンデレースに強い。なお還暦を過ぎた現在でも最重ハンデをキープしている唯一の選手である。
  • その昔、記念制覇を連続し優勝も多かった時代があったが、どうしてもSGが取れなかった。「無冠の帝王」とも呼ばれた矢先、1991年飯塚で行われた第10回オールスターオートレースにて念願のSG初優勝。また、その時の走路は濡れ走路だった。山陽の選手は濡れ走路でしかSGを取れないというジンクスを強調する事になった。秋田敬吾岡部聡(山陽19期)も取ったSGはいずれも濡れ走路だった。
  • 2015年11月6日船橋「常陸警備杯」9R・特別一般戦1着を最後に現役引退。2016年1月1日選手登録消除。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]