小林伸樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小林 伸樹
名前
カタカナ コバヤシ ノブキ
ラテン文字 KOBAYASHI Nobuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1968-05-03) 1968年5月3日(55歳)
出身地 東京都
身長 180cm
体重 75kg
選手情報
ポジション DF
ユース
國學院久我山高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1987-1988 三菱重工 0 (0)
1988-1990 エリースFC東京
1990-1993 東京ガス
1994-1997 エリースFC東京
エリースシニア
1. 国内リーグ戦に限る。..現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小林 伸樹(こばやし のぶき、1968年5月3日[1] - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)

来歴[編集]

1987年國學院久我山高校(同期に浦上壮史)を卒業し、國學院大學に進学。在学のまま三菱重工業サッカー部に在籍し[2]、1シーズン所属(出場なし)[3] の後、東京都リーグエリースFC東京へ移籍。

1990年には「日本リーグを目指す」と勧誘されて[4]東京ガスサッカー部(現 FC東京)でプレー。関東リーグ及び全国地域リーグ決勝大会で優勝を果たした[4]1991年に大学を卒業し、東京ガスに入社。社員選手としてプレーを続け、DF大熊清センターバックでコンビを組んだ[2]

1993年に退部すると社業を務めつつ、再びエリースへ。1994年関東大会で優勝し、クラブを関東リーグへ昇格させた。

1997年、東京ガスサッカー部はJリーグ2部に参入する見通しをつけ、活動を活発化させていた。サッカー部事務局長の鈴木徳彦は、同部OBからもフロントスタッフの人材を求め、上司の鳥原光憲から了承を得て[2]小林を抜擢。1998年より異動となり、小林はポスティングやチラシ配りを始めとする地道な営業で[5][2]クラブの集客と認知度の向上に努めた。以後FC東京においても広報や試合運営を担当している[1][5]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

日本サッカーリーグ成績 1部(1シーズン出場なし)/ 2部(1シーズン1試合出場0得点0アシスト)

[6]

脚注[編集]

  1. ^ a b 登録役員 追加・変更・抹消のお知らせ Jリーグ (2004年7月30日)
  2. ^ a b c d 荒川裕治『FC東京の挑戦』小学館、2001年、130-136頁。 
  3. ^ 「日本サッカーリーグ全史」編集委員会『日本サッカーリーグ全史』日本サッカーリーグ、1993年、242頁。 
  4. ^ a b フットボールサミット 第11回』カンゼン、2013年、179-180頁。 
  5. ^ a b 『フットボールサミット 第11回』カンゼン、2013年、101頁。 
  6. ^ 「日本サッカーリーグ全史」編集委員会『日本サッカーリーグ全史』日本サッカーリーグ、1993年、200-215,242頁。 

外部リンク[編集]