小松正幸

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小松 正幸(こまつ まさゆき、1941年8月6日 - )は、日本地質学者。前愛媛大学学長。専攻は岩石学、構造地質学。理学博士北海道大学、1971年)。長野県諏訪郡下諏訪町出身。

略歴[編集]

  • 1960年 3月 長野県諏訪清陵高等学校卒業
  • 1965年 3月 北海道大学理学部地質学鉱物学科卒業
  • 1970年12月 北海道大学大学院理学研究科地質学鉱物学専攻博士課程単位取得退学、新潟大学理学部助手
  • 1971年 3月 北海道大学大学院を修了扱いとなり、理学博士号を贈られる。「日高帯超塩基性岩の岩石学的研究」
  • 1973年 新潟県青海地域で、新鉱物青海石を発見・記載[1]
  • 1987年 1月 愛媛大学理学部教授
  • 1996年 4月 愛媛大学理学部長(2000年3月まで)
  • 1997年 5月 愛媛大学学長特別補佐(1998年6月まで)
  • 2000年 3月 愛媛大学学長特別補佐(3月31日まで)
  • 2000年 4月 愛媛大学副学長(2003年2月まで)
  • 2003年 3月 愛媛大学学長
  • 2004年 4月 国立大学法人愛媛大学学長(2009年3月まで)
  • 2009年 4月 愛媛大学名誉教授
  • 2009年 4月 愛媛大学顧問(2010年3月まで)
  • 2010年 4月 香川大学監事(2010年9月まで)
  • 2010年11月11日 愛媛県知事選挙に無所属で立候補も落選

学外における役職[編集]

表彰歴[編集]

  • 1993年    日本地質学会賞

著作[編集]

愛媛県知事選への出馬[編集]

2010年8月、小松が会長を務めるえひめ地域再生戦略研究会は、松山市が渇水対策として打ち出していた黒瀬ダム西条市)からの「松山分水」について「分水は不要」と提言した[2]。これに対し、分水を推進する松山市長の中村時広が反発[3]。同年11月に行われる予定の愛媛県知事選挙で、中村は分水問題の争点化を避けて出馬を表明した[4]が、小松は10月5日に「分水は不要」「大型公共事業は、これ以上やるべきでない」として出馬を表明した[5][6]。しかし選挙では中村に敗れている。

脚注[編集]

  1. ^ Komatsu, M. et al. (1973): A new strontium-titanium hydrous silicate mineral from Ohmi, Niigta Prefecture, central Japan. Mineral. Jour., 7, 298-301.
  2. ^ “「松山へ分水、不要」 民間の研究会、雨水など活用提言”. 朝日新聞 (asahi.com). (2010年8月27日). http://mytown.asahi.com/areanews/ehime/OSK201008260144.html 2010年10月25日閲覧。 
  3. ^ “「松山分水不要」に市長反発 前愛媛大学長らの研究会発表に”. 産経新聞 (msn産経ニュース). (2010年8月28日). http://sankei.jp.msn.com/region/shikoku/ehime/100828/ehm1008280252001-n1.htm 2010年10月25日閲覧。 
  4. ^ “中村氏が出馬、正式表明 「松山分水」争点化避ける”. 毎日新聞 (毎日jp). (2010年9月30日). http://mainichi.jp/area/ehime/news/20100930ddlk38010617000c.html 2010年10月25日閲覧。 
  5. ^ “知事選 前愛媛大学長・小松氏が立候補表明”. 毎日新聞 (毎日jp). (2010年10月6日). http://mainichi.jp/area/ehime/news/20101006ddlk38010536000c.html 2010年10月25日閲覧。 
  6. ^ “小松氏が知事選へ、松山市長選には菊地市議”. 朝日新聞 (asahi.com). (2010年10月6日). http://mytown.asahi.com/ehime/news.php?k_id=39000331010060001 2010年10月25日閲覧。