小島弘務

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小島 弘務
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府乙訓郡大山崎町
生年月日 (1967-10-30) 1967年10月30日(49歳)
身長
体重
180 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1990年 ドラフト1位
初出場 NPB/1991年
TML/2000年
最終出場 NPB/1999年
TML/2000年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴

小島 弘務(こじま ひろむ、1967年10月30日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手投手)。2015年から追手門学院大学野球部監督。

来歴・人物[編集]

平安高校では近鉄バファローズなどでプレーした江坂政明と同級生。卒業後に駒澤大学へ進学するも、すぐに中退。

その後社会人野球の住友金属和歌山県)に入社して活動していたが、1989年西武ライオンズが突如ドラフト外入団として獲得。ユニフォーム姿の報道用写真も撮影され、発刊時期の早い選手名鑑にも「即戦力」として掲載されていた上、キャンプにも参加して阪神タイガースとの二軍の練習試合にも登板している。しかし、この入団方法に疑問が呈された結果、大学中退者でありながら、在学期間が短い関係上高卒扱いで登録されていたため、「高卒の社会人野球選手は3年間プロ入りできない」という野球協約違反で契約無効になってしまい(在学期間が長い大学中退及び大卒の社会人野球選手は2年間)、同時に西武球団は制裁金50万円と以後新人及び移籍扱いで小島を獲得する事が禁止されるペナルティーが科せられた[1]。 しかし西武球団は小島を見捨てず、当時管理部長だった根本陸夫1990年3月から3ヶ月にわたり自宅で小島の面倒を見て、野球指導を行った[2]。その後、担当スカウト宅や地元・京都で自主トレを行い、1990年のドラフト会議小池秀郎の外れ1位として中日ドラゴンズから指名を受け入団した。

1年目から先発・中継ぎで活躍。1992年8月15日の阪神戦で、ランナーのいない一塁に牽制球を投げたことがある。その後1998年樋口一紀とともに、岸川登俊南渕時高とのトレード千葉ロッテマリーンズへ移籍。翌1999年オフに戦力外通告を受け、阪神、広島東洋カープ横浜ベイスターズ日本ハムファイターズの入団テストを受けるものの、不合格。

2000年台湾大聯盟嘉南勇士の入団テストを受けて合格するも、7試合の登板で0勝に終わった。

引退後は名古屋市東区で「炭火焼肉 ひろむ」を経営、その傍ら少年野球チームの総監督を務めていた。

2015年1月1日付で阪神大学野球連盟2部の追手門学院大学の監督に就任した[3]。同年、56期ぶりの1部昇格を決め、1年で結果を出した[4]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1991 中日 24 15 1 0 0 6 5 0 -- .545 450 105.0 111 7 34 1 5 59 3 1 44 42 3.60 1.38
1992 18 3 0 0 0 0 2 0 -- .000 131 32.0 30 3 8 1 3 18 1 1 12 10 2.81 1.19
1993 26 5 1 1 0 2 1 0 -- .667 236 55.1 51 3 16 1 4 42 0 0 20 18 2.93 1.21
1994 33 1 0 0 0 6 4 8 -- .600 244 58.2 57 1 17 4 1 38 0 0 11 10 1.53 1.26
1995 25 3 0 0 0 1 1 0 -- .500 193 43.1 50 8 16 0 2 32 2 0 28 26 5.40 1.52
1996 13 6 0 0 0 2 2 0 -- .500 142 30.1 41 5 10 2 1 22 0 0 23 21 6.23 1.68
1997 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 26 6.1 7 1 1 0 0 3 1 0 5 5 7.11 1.26
1998 ロッテ 17 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 44 10.1 7 0 4 0 3 7 1 1 5 4 3.48 1.07
1999 5 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 16 3.1 3 0 4 2 0 2 0 0 2 2 5.40 2.10
通算:9年 167 33 2 1 0 19 15 8 -- .559 1482 344.2 357 28 110 11 19 223 8 3 150 138 3.60 1.36

背番号[編集]

  • 14 (1990年=入団無効)
  • 21 (1991年 - 1995年)
  • 57 (1996年 - 1997年)
  • 31 (1998年 - 1999年)

脚注・出典[編集]

  1. ^ B.B.MOOK156 スポーツ伝説シリーズ18「プロ野球ドラフト読本2000」51P、ドラフトミニ事件史、ベースボール・マガジン社、2001年、ISBN 978-4583611174
  2. ^ 『中日ドラゴンズ ドラフト1位のその後』(別冊宝島編集部、2014年)94頁
  3. ^ 元中日小島弘務氏が追手門学院大の監督に 日刊スポーツ 2015年1月6日
  4. ^ 追手門大56季ぶり1部 元プロ小島監督1年で結果 日刊スポーツ、2015年10月27日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]