小坂将商
ナビゲーションに移動
検索に移動
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 和歌山県紀の川市 |
| 生年月日 | 1977年7月23日(41歳) |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
|
選手歴 | |
|
監督歴 | |
| |
この表について
| |
小坂 将商(こさか まさあき、1977年7月23日 - )は、和歌山県那賀郡那賀町(現・紀の川市)出身[1]の高校野球指導者。智辯学園高等学校(奈良県五條市)・硬式野球部監督。
経歴[編集]
現役選手時代[編集]
- 小学生時代は地元の少年野球チーム・名手ペガサスに所属。1993年3月、那賀町立(現・紀の川市立)那賀中学校卒業。
- 1993年4月、智辯学園高校に入学し硬式野球部に所属。翌1994年秋、主将に選出。
- 1995年夏・第77回全国高等学校野球選手権大会へ、自身キャプテンとして高校時代唯一の甲子園大会出場を果たす(守備担当は中堅手)。
- 智弁学園高校卒業後の1996年4月に法政大学へ進学し、野球部に所属。同大学在学中に3度リーグ優勝を経験。
- 法政大学4年時に主将に選出される。1999年春・秋連続で外野手部門のベストナインを獲得。
- 安藤優也、田中聡は大学時代の同期。また廣瀬純は一つ下の後輩。
- 大学卒業後の2000年4月、松下電器に入社し野球部(現・パナソニック野球部)で5年間プレーを続けた。
指導者時代[編集]
- 現役引退(松下電器退社・同野球部退部)後は、2005年1月から母校の智辯学園高校野球部・コーチに赴任。同年12月、前監督の上村恭生が46歳で亡くなった為、その直後から同高校の監督代行を担当したが、翌2006年4月から野球部監督へ正式に就任した。
- 2007年夏、智弁学園高校野球部の監督として自身初となる、第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦は尽誠学園高校(香川)に12-2で圧倒し、自身監督としても甲子園初勝利を達成。2回戦は由規(佐藤由規)投手(現・東京ヤクルトスワローズ)を擁する仙台育英高校(宮城)に5-2で勝利、3回戦に進出した(3回戦は帝京高校(東東京)に0-6と敗退、ベスト8進出を逃す)。
- 2011年夏、第93回全国高等学校野球選手権大会に出場。3回戦、渡辺元智監督率いる横浜高校(神奈川)に、9回表2死1・3塁と「あと一人」の土壇場、1-4のスコアから8得点も奪って9-4で大逆転勝利、夏の甲子園では16年振りにベスト8へ進出した(準々決勝は作新学院(栃木)に6-7で惜敗、ベスト4進出ならず)。
- 2012年春、第84回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦、大越基監督率いる早鞆高校(山口)に5-2で勝利(2回戦は関東一高校(東京)に1-2で敗戦、ベスト8進出を逃す)。
- 2016年春、第88回選抜高等学校野球大会に出場。準決勝戦では原田英彦監督率いる龍谷大平安高校(京都)に、9回ウラに2x-1で逆転サヨナラ勝利で競り勝ち、智辯学園高校としては春夏通じて甲子園初の決勝戦に進出。同年3月31日の選抜大会決勝は、高松商高校(香川)を延長11回ウラ、2x-1で2試合連続のサヨナラ勝利で下し、智弁学園として史上初の全国制覇を達成した(選抜大会で奈良代表の優勝は1997年・第69回の天理高校以来19年振り2度目)。
- 2016年夏、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦は出雲高校(島根)に6-1で勝利したが、2回戦は鳴門高校(徳島)に2-5で敗戦、甲子園春夏連覇はならなかった。
- 2017年春、第89回選抜高等学校野球大会に、前年のディフェンディングチャンピオンとして2年連続で出場。1回戦は熊本工高校(熊本)に9-0で勝利したが、2回戦は盛岡大付高校(岩手)に1-5で敗戦、甲子園春2連覇はならなかった。
- 2018年春、第90回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦は日大山形高校(山形)に5-3で勝利したが、2回戦は創成館高校(長崎)に延長十一回2x-1でサヨナラ負けを喫した。
高校野球(智辯学園)の戦績[編集]
- 現役(主将)時代
- 指導者(監督)時代
主な教え子[編集]
- 枡田慎太郎 - 2006年卒業(コーチ時代)、現東北楽天ゴールデンイーグルス
- 青山大紀 - 2013年卒業、現オリックス・バファローズ
- 中道勝士 - 2013年卒業、現オリックス・バファローズ
- 岡本和真 - 2015年卒業、現読売ジャイアンツ
- 廣岡大志 - 2016年卒業、現東京ヤクルトスワローズ
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ ひと:小坂将商さん=選抜高校野球大会で初優勝した智弁学園の監督 毎日新聞 2016年4月1日記事