小原孝

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小原 孝(おばら たかし、1960年3月17日 - )は日本ピアニスト作曲家

略歴[編集]

1960年、神奈川県川崎市生まれ。父・小原二郎がクラシックギタリストであり、ギター教室を開いていたことから、音楽に囲まれた環境で子供時代を送る。

国立音楽大学附属中学校国立音楽大学附属高等学校を経て国立音楽大学に進学。

1986年、国立音楽大学大学院首席で修了。クロイツァー記念賞を受賞。

1999年4月からNHK-FM弾き語りフォーユー』のパーソナリティをつとめる。

2003年より、川崎市市民文化大使。

奏楽堂日本歌曲コンクール優秀共演者賞を三度受賞(2002年2005年2006年)。2006年には作曲部門の中田喜直賞も受賞している(下記にて詳説)。

尚美学園大学客員教授、国立音楽大学非常勤講師

美しい音色を持つ演奏と、ジャンルにとらわれない多彩な演奏活動を特色とする。

様々な活動[編集]

音楽[編集]

ピアノ・ソロ[編集]

大学院時代の専攻は、20世紀のフランスを代表する作曲家およびピアニストで、自身を「リズムの創作家」と名乗ったオリヴィエ・メシアン。初期のアルバム『僕のゆびから愛のうた』にメシアン作品「鳩」の演奏が収録されている。小原のアルバムはクラシックにとどまらず、童謡ジャズポップス映画音楽ドラマ主題歌など多岐にわたり、ジャンルにこだわらず、音楽の良さを伝えたいという姿勢が表れている。他のジャンルアーティストとのセッションも積極的に行っている。

伴奏[編集]

大学院修了後、20代では、由紀さおり安田祥子童謡コンサートのピアノ伴奏をするなど、伴奏者としての活動が中心であったが、その技量が高く評価され、ソロ活動が中心となった後も、様々なアーティストに依頼され伴奏者として共演することが多い。奏楽堂日本歌曲コンクール優秀共演者賞を3度受賞した実績もある。

編曲[編集]

演奏しながら即興でどんどんアレンジしていく、という演奏スタイルを持つ。自身のエッセイ集『ねこふんじゃったの国から』では、「二度と同じ演奏をすることがない、というより、同じように弾けない」と述べている。

活動初期から、小原がアレンジするピアノ楽譜集は高い評価を得て数多く出版されていたが、1990年代後半、楽譜にすることによって本来の即興性が失われることに疑問を抱き、楽譜集出版を一時中断した。しかし1999年頃から、「思いっきり楽譜を無視して自由に弾いてほしい」(『ねこふんじゃったの国から』より)というコンセプトのもと、再び精力的に楽譜出版に取り組んでいる。

作曲[編集]

パーソナリティーを務めるラジオ番組「弾き語りフォーユー」のテーマソングである『風のメロディー』『For You...』、キャベジンコーワのCMソングとして使われた『ゴリラのジジ』など、美しいメロディラインを持つオリジナル曲が多い。代表的な作品は2枚組CD『風のメロディー』に収録されている。

2006年、金子みすずの詩「こぶとり~おはなしのうたの一」への作曲で、第17回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門・中田喜直賞を受賞した。その後も、久本小学校50周年記念歌作曲(「みんなのたからもの」)、尾道学園校歌作曲(「彼方へ」)など、活動の幅を広げている。

作詞[編集]

ピアニスト樹原涼子とのユニットでリリースしたCD、『おいしい時間』『光る星があったから』に続く『harahara倶楽部』では、作曲のほか作詞にも取り組み、平明な表現でありながら力強く深いメッセージを持つ作品を生み出している。また、このユニットではヴォーカルも担当している。

執筆[編集]

エッセイストとしての顔も持ち、音楽雑誌「あんさんぶる」「ムジカノーヴァ」などにエッセイ連載経験がある。文体は音楽家らしくリズミカルで、ユーモアと洞察力にあふれている。著書として、エッセイ集「ねこふんじゃったの国から」(2002年、メディア・パル)がある。

水泳[編集]

1992年、左手小指の腱断裂というピアニスト生命に関わる故障を負ったのち、リハビリのために始めた水泳が、その後の生活の一部となっている。2005年には日本スイミング協会第6回ベストスイマー賞を受賞した。

チャリティ活動[編集]

音楽活動と並行してチャリティ活動にも取り組んでおり、オリジナルグッズ販売の収益や、コンサート・公式サイト等で呼びかけて集まったカンパを、ユニセフ、がん遺児奨学基金、チャイルドスポンサーシップなどに寄付している。

テレビ出演[編集]

外部リンク[編集]