小割まさ江

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

小割 まさ江(こわき まさえ)(1935年8月7日 - )は、日本のジャズ歌手である。

経歴[編集]

広島県呉市出身、広島大学附属中学校卒業[1]、血液型はA型。 小割には1人の兄、4人の姉がおり、海軍で仕事をしていた父・権之助、母・益代のもと、1935年に5人兄弟の末っ子として生まれる[2]。 小学生時代、青い鳥児童合唱団に所属し、NHK広島放送局で童謡を歌ったこともあった[3]。1952年に一家で大阪へ移住し、その頃より、ジャズ・ヴォーカルに興味を抱く。知人がジャズ・バンドを持っていたことから、歌い始めるようになる[4]。 その後、1954年に大阪で、花田与一のビッグ・ジャズメンの専属歌手としてデビュー[5]し、当初はバラードを得意としていたが、ビッグ・ジャズメンの演奏スタイルに感化され、リズム&ブルース風の楽曲も歌うようになり、リズム&ブルースを得意とした女性シンガーとして活躍した[6]。 1955年、ブライト・リズムから上京を薦められ、同年8月に上京すると、エデイ岩田とボーク・チャップスの専属歌手として加入した。1955年当時、小割は「彼女の良さは第一に黒人的なムードをもっていることで、それも発音の良し悪し等を心配する必要の無い程強いものである。勿論、今日までの全く独力で勉強してきたので今後の大成を期待するには発声にしろ歌の解釈にしろ改めるべき点は少くないが、決して人真似ではないし、フレーズの終りを細心の注意をもって歌い上げているのは良い」[7]と評価されていた。 1960年第11回NHK紅白歌合戦では、有明ユリ沢たまき高美アリサとともに「或る恋の物語」を歌唱した。

演奏旅行の際、その土地土地の珍しい人形を買って、コレクションにしていた。[8]


NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

  • 第11回 (1960年12月31日、日本劇場) 『或る恋の物語』

脚注[編集]

  1. ^ スイングジャーナル社編「小割まさ江-VOCAL- NEW STAR」『スイングジャーナル』9巻10号、スイングジャーナル社、1955年10月、pp.23
  2. ^ いソノてルヲ「今月のスター診断 小割まさ江」『スイングジャーナル』12巻6号、スイングジャーナル社、1958年6月、pp.38-41
  3. ^ いソノてルヲ「今月のスター診断 小割まさ江」『スイングジャーナル』12巻6号、スイングジャーナル社、1958年6月、pp.38-41
  4. ^ スイングジャーナル社編「小割まさ江-VOCAL- NEW STAR」『スイングジャーナル』9巻10号、スイングジャーナル社、1955年10月、pp.23
  5. ^ 新興楽譜出版社編「楽しき哉歌手生活--女性ジャズ歌手ばかりの特別座談会/三宅光子、東郷たまみ、川島まり子、小割まさ江、細川あや子、千秋惠子」『ミュージック・ライフ』6巻3号、新興楽譜出版社、1956年3月、pp.30-35
  6. ^ 日本のジャズ・ポップス歌手達 - TOK2.com
  7. ^ スイングジャーナル社編「小割まさ江-VOCAL- NEW STAR」『スイングジャーナル』9巻10号、スイングジャーナル社、1955年10月、pp.23
  8. ^ 新興楽譜出版社編「お答えします M.L. Parlour 歌手やプレーヤーがあなたの質問にお答えする/小割まさ江・エセル中田・山名義三・ザ・ピーナッツ」『ミュージック・ライフ』9巻10号、新興楽譜出版社、1959年10月、pp.24-26