小倉一郎

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おぐら いちろう
小倉 一郎
別名義 秋山 啓之介
生年月日 (1951-10-29) 1951年10月29日(66歳)
出生地 日本の旗 日本鹿児島県
国籍 日本
身長 168cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1964年 -
配偶者 あり(離婚歴あり)
主な作品
テレビドラマ
それぞれの秋
『ヨイショ』
俺たちの朝』など

映画
『股旅』
大鹿村騒動記
なくもんか』など

小倉 一郎(おぐら いちろう、1951年10月29日[1] - )は、鹿児島県出生[2]東京都新宿区育ち[要出典])の俳優である。日本大学豊山高等学校中退[3]。大判社所属。

略歴・人物[編集]

生まれてすぐに母親を亡くし、小倉が2歳の時、双子の兄が船着き場の事故で亡くなる。小倉が16歳の時、姉も病気で亡くなる。父親は病気で入退院を繰り返していたが、交通事故で亡くなっている。小学校1年生まで両親の出身地である鹿児島県薩摩郡下甑村(現薩摩川内市)で過ごす[2]

細面の色白の顔と、身長168cm[1]、体重45kg[1]のひ弱そうな身体が特徴である。子役出身(東京児童劇団第5期生)[要出典]でそのキャリアは長く、1960年代後半から1970年代の青年期にはテレビや映画の青春ドラマにも数多く出演し、ナイーブな青年像を得意として演じていて同年代の女性からも人気を得た。顔も体型もそのまま中年期に移行したこともあり近年[いつ?]は、いわゆる小心者を多く演じるようになり「小倉にしか演じられない深みがある」と評価され小心者をやらせたら右に出る人はいないと称されるようになった[要出典]俳人としても有名になりつつある。蒼蛙という俳号の名付け親は、作家・脚本家の早坂暁である[要出典]

歌手の森進一は遠縁(母方の祖母が姉妹同士)にあたる[要出典]

1973年に女優の海野まさみと結婚するものの、わずか2か月半で離婚した[要出典]1977年、当時、広告会社社員であった小倉昌子と再婚[要出典]1男3女をもうける[要出典]が、1999年に昌子の政治家活動(東村山市議会議員選挙立候補、当選。一期務める)のため2度目の離婚となる[要出典]離婚後も昌子の政治活動を支援(2003年東村山市長選挙立候補、落選。2004年参議院議員選挙比例区立候補、みどりの会議、落選)していた[要出典]が、2006年には1977年デビューのアイドル歌手だった谷ちえ子と再々婚をした[要出典]が、2015年7月、谷ちえ子と3年間の別居生活後離婚した[要出典]。2017年に38年の時を経て、初恋の相手であった女性と再々々婚をした。

2010年、薩摩川内観光大使に就任した[2]

趣味・特技は作曲ギター演奏、篆刻俳句俳号は蒼蛙)、大阪弁京都弁[1]

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

オリジナルビデオ/DVD[編集]

テレビ番組[編集]

OVA[編集]

テレビCM[編集]

歌唱[編集]

著書[編集]

  • 『みんな、いい人 35年の俳優生活で出会った心に残る人たち』 太陽企画出版、1995年
  • 『俳だらけ 小倉一郎句集』 本阿弥書店、2002年
  • 『僕の日記帳 続 みんな、いい人』 書肆アルス、2011年

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 小倉一郎”. テロワール. 2012年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年1月17日閲覧。
  2. ^ a b c 俳優小倉一郎さん 薩摩川内観光大使委嘱状交付式”. 薩摩川内市 (2010年4月7日). 2018年1月17日閲覧。
  3. ^ 『読売年鑑 2016年版』 読売新聞東京本社2016年、536頁。ISBN 978-4643160017
  4. ^ 登場人物|新春スペシャルドラマ「富士ファミリー」”. NHK. 2015年12月17日閲覧。

外部リンク[編集]