対物攻撃行動

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対物攻撃行動 (aggressive behavior toward inanimate objects) とは、動物が無生物物体に対して攻撃を仕掛ける行動の事である。

実験動物の対物攻撃行動[編集]

実験動物マウスラット)の攻撃行動は大きく2つに分類される。他の動物に対する攻撃行動と無生物に対する攻撃行動(対物攻撃行動)である。

対物攻撃行動の多くは、身体に接触する物体、または、眼前で動き回る物体などに対して起こる。例えば、実験動物を棒で突いた時に、動物がその棒に噛み付くような行動である。身体に触れる物体による刺激が痛みを発生する場合には、動物はその物体に対して対物攻撃行動を起こしてその物体を排除しようとするのが普通である。しかし、痛みを伴わない些細な接触刺激の場合には、動物は必ずしもその物体に対して対物攻撃行動を起こすとは限らない。動物がその接触刺激を煩わしいと感じれば その刺激物体に対して対物攻撃行動を起こすだろうし、煩わしさを感じなければ その物体を無視するだろう。 一般に、実験用に品種改良されたネズミは性質がおとなしく(攻撃性が乏しく)、痛覚を刺激しない接触刺激に対しては対物攻撃行動を起こさない。しかし、遺伝的に穏やかな動物であっても、後天的な要因によって攻撃性を発現することがある。たとえば、ストレスは攻撃性発現のリスクファクターのひとつなので、慢性的ストレス負荷によって攻撃性が発現する。新生児期における 母親からの隔離[1]、捕食動物の臭気[2]、離乳後の隔離飼育[注 1]など[8]、さまざまなマイナス環境が攻撃性発現の要因として働く。攻撃性を発現した実験動物は、痛みを伴わない軽い接触刺激に対しても容易に対物攻撃行動を起こす[注 2]。実験動物が対物攻撃行動を起こすかどうかは、動物の精神状態に依存すると考えられる[3]。すなわち、攻撃性を有する実験動物が精神的にイライラした状態にあるとき、様症状を有するとき、ストレス負荷状態にあるとき、病的なイリタビリティ(易怒性)亢進状態にあるときなどに対物攻撃行動が顕著に起こる。対物攻撃行動は、その動物のその時の情動系の活動に影響を受けて 比較的大きく変化する。

対物攻撃行動の発現メカニズム(脳内機序)はほとんど分かっていないが、少なくとも一部は、研究室において広く実施されている同種同性間攻撃行動試験[注 3]における攻撃行動とは異なるメカニズムが関係していると考えられる。オス動物の同種同性間攻撃行動はメスやテリトリーを守るために起こり、対物攻撃行動は不快な物理的刺激を排除することが目的で起こる[13]。同種同性間攻撃行動は男性ホルモンの存在が必須であるオフェンス行動であるが[10][11][12]、対物攻撃行動は 雌雄いずれにも発現するディフェンス行動である。オス動物の対物攻撃行動には男性ホルモンは直接関係せず[13]、また、メス動物の対物攻撃行動には卵巣周期は影響を及ぼさない[3]。  

対物攻撃行動の試験法[編集]

対物攻撃行動の計測は、通常、動物を筒状の動物チャンバー内に収容して行われる。試験対象動物の眼前で刺激棒を動かすと、攻撃性を有する動物では、その刺激棒の動きに苛立ちを強め、棒に噛み付いてそれを排除しようとする。その時の棒に負荷された力の強さを計測することにより、動物の攻撃性の強さを評価する。対物攻撃行動試験は、向精神薬の薬効試験、ストレス症状のスクリーニング、攻撃性の検出などの目的で行われる。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 実験動物(マウス、ラット)の多くは集団生活を営む習性を持つので、単独飼育環境は動物にとってストレスである。そのため、長期間隔離飼育を行うと、動物には さまざまな精神症状が発現する。長期隔離飼育動物はストレス障害モデル[3]、鬱病モデル[4]統合失調症モデル[5][6]注意欠陥・多動性障害(ADHD)モデル[7]として妥当性があるとされ、薬効評価試験などに使用されている。
  2. ^ 慢性的ストレスにより攻撃性を発現したオス動物は、対物攻撃行動が現れるのと同時に、同種同性間攻撃行動が増強することが多い。メス動物にはストレスに起因する同種同性間攻撃行動は現れない。メス動物に見られる同種同性間攻撃行動は 周産期に限られている[1]
  3. ^ 研究目的で行われる最もポピュラーな同種同性間攻撃性試験は レジデント・イントルーダーテストである(resident-intruder test)[9]。レジデント(居住者のオス)のホームケージに イントルーダー(侵入者のオス)を入れると、レジデントはイントルーダーに対して攻撃を仕掛ける。そのようすを分析し、動物の攻撃性を評価する。メスや去勢されたオスには この攻撃性は存在しない[10][11][12]

出典[編集]

  1. ^ a b Veenema AH, Bredewold R, Neumann ID. Opposite effects of maternal separation on intermale and maternal aggression in C57BL/6 mice: link to hypothalamic vasopressin and oxytocin immunoreactivity. Psychoneuroendocrinology. 2007;32(5):437-50. doi: 10.1016/j.psyneuen.2007.02.008.
  2. ^ Rosen JB, Asok A, Chakraborty T. The smell of fear: innate threat of 2,5-dihydro-2,4,5-trimethylthiazoline, a single molecule component of a predator odor. Frontiers in neuroscience. 2015;9:292. doi: 10.3389/fnins.2015.00292.
  3. ^ a b c Kuchiiwa T, Kuchiiwa S. Evaluation of aggressiveness of female mice using a semi-automated apparatus for measurement of aggressive biting behavior toward an inanimate object. Journal of neuroscience methods. 2016;257:179-84. doi: 10.1016/j.jneumeth.2015.10.005.
  4. ^ Brenes JC, Fornaguera J. The effect of chronic fluoxetine on social isolation-induced changes on sucrose consumption, immobility behavior, and on serotonin and dopamine function in hippocampus and ventral striatum. Behavioural brain research. 2009;198(1):199-205. doi: 10.1016/j.bbr.2008.10.036.
  5. ^ Fone KC, Porkess MV. Behavioural and neurochemical effects of post-weaning social isolation in rodents-relevance to developmental neuropsychiatric disorders. Neurosci Biobehav Rev. 2008;32(6):1087-102. doi: 10.1016/j.neubiorev.2008.03.003.
  6. ^ Day-Wilson KM, Jones DN, Southam E, Cilia J, Totterdell S. Medial prefrontal cortex volume loss in rats with isolation rearing-induced deficits in prepulse inhibition of acoustic startle. Neuroscience. 2006;141(3):1113-21. doi: 10.1016/j.neuroscience.2006.04.048.
  7. ^ Ouchi H, Ono K, Murakami Y, Matsumoto K. Social isolation induces deficit of latent learning performance in mice: a putative animal model of attention deficit/hyperactivity disorder. Behavioural brain research. 2013;238:146-53. doi: 10.1016/j.bbr.2012.10.029.
  8. ^ Kuchiiwa S, Kuchiiwa T. A novel semi-automated apparatus for measurement of aggressive biting behavior in mice. Journal of neuroscience methods. 2014;228:27-34. doi: 10.1016/j.jneumeth.2014.02.017.
  9. ^ Valzelli L. Aggressive behavior induced by isolation. In S. Garattini and E. B. Sigg (Eds.), Aggressive behavior. Amsterdam, The Netherlands: Excerpta Media; 1969.
  10. ^ a b Barkley MS, Goldman BD. The effects of castration and Silastic implants of testosterone on intermale aggression in the mouse. Hormones and behavior. 1977;9(1):32-48.
  11. ^ a b Beeman EA. The effect of male hormone on aggressive behavior in mice. Physiological zoology. 1947;20(4):373-405.
  12. ^ a b Edwards DA. Early androgen stimulation and aggressive behavior in male and female mice. Physiology and Behavior. 1969;4:333-8.
  13. ^ a b Brain PF. Differentiating types of attack and defence in rodents. . Amsterdam: Elsevier; 1981.

関連項目[編集]