寺尾次郎

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てらお じろう
寺尾 次郎
生年月日 不詳年
出生地 日本の旗 日本 東京都
職業 翻訳家、元ミュージシャンベーシスト
ジャンル 映画字幕
活動期間 1970年代 -
著名な家族 寺尾紗穂

寺尾 次郎(てらお じろう、生年不明 - )は、日本の映画字幕を中心とした翻訳家、元ミュージシャンである[1]シュガー・ベイブメンバー、映画美学校講師[2]を歴任。映画翻訳家協会会員[2]

人物・来歴[編集]

生年不明、東京都に生まれる[3]。生年に関してはミュージシャン時代から一貫して非公表である[3]慶應義塾大学卒業。

1974年(昭和49年)に学生時代の佐野元春のバンド「バックレーン元春セクション」にベーシストとして加入。翌1975年(昭和50年)にはハイ・ファイ・セットのバックバンドに在籍、同バンドに後から参加した伊藤銀次上原裕と共に活動する。同時期、メンバーチェンジを機にリズムセクションの強化を考えていた山下達郎からシュガー・ベイブへの誘いを受け、同年3月より伊藤・上原と共に同バンドのメンバーとなる。同年4月25日は、寺尾らが参加した同バンドのアルバム『SONGS』がリリースされる[4]。同年6月25日にリリースされたガロのアルバム『吟遊詩人』では、細野晴臣と連名でベーシストとしてクレジットされている。

以後、1976年(昭和51年)のシュガー・ベイブ解散まで活動し、その後、同年まで、山下と伊藤が参加した大瀧詠一が主宰するナイアガラ・レーベルをめぐるセッションのほか、同年3月25日にリリースされた『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』のレコーディングに参加する。同じく、ソロとなった山下のライヴや『資生堂 MG5』等のCM音楽制作、大貫妙子のライヴや同年9月のアルバム『Grey Skies』、小室等のレコーディングなどにも参加した。同年12月23日、山下のソロライヴ以降、ベーシストとしての活動の形跡はない。

1981年(昭和56年)、のちにミュージシャンとなる娘の寺尾紗穂が誕生する。

バンド在籍時から、東京にある国立のフィルム・アーカイヴであるフィルムセンターに通うほどの映画好きが高じて、時期は不明だが山田宏一に師事し、1980年代後半(昭和60年代)からフランス映画を中心に字幕翻訳に着手する。初期の作品は、デイヴィッド・クローネンバーグ監督の『デッドゾーン』(1983年製作、1987年日本公開)、ジャック・ドワイヨン監督の『ラ・ピラート』(1984年製作、1989年日本公開)等で、1989年(平成元年)には渋谷にオープンした映画館ル・シネマの開館作品『遠い日の家族』(監督クロード・ルルーシュ、1985年製作)を手がけている[5]

1997年(平成9年)には、上映時間9時間30分におよぶクロード・ランズマン監督のホロコーストをめぐる映画『SHOAH ショアー』(1985年)の膨大な字幕翻訳を手がけている[6]。手がけた字幕翻訳は、劇場公開作だけでも200作を超え[5]、そのほかにも多くの映画祭で上映作品の字幕翻訳を手がけている[2]

おもなフィルモグラフィ[編集]

寺尾が仕事をした日本公開年順[5]に配列。タイトルは50音順ソート。

タイトル 監督 製作年 日本公開年 備考
てつとそおん/デッドゾーン デイヴィッド・クローネンバーグ 1983年 1987年
らひらあと/ラ・ピラート ジャック・ドワイヨン 1984年 1989年
とおいひの/遠い日の家族 Partir, revenir クロード・ルルーシュ 1985年 1989年 ル・シネマ開場第1作
あたらんと/アタラント号 L'Atalante ジャン・ヴィゴ 1934年 1991年
うつくしきいさかいめ/美しき諍い女 ジャック・リヴェット 1991年 1992年
よくほうのつはさ/欲望の翼 ウォン・カーウァイ 1990年 1992年
こたあるのえいかし/ゴダールの映画史 ジャン=リュック・ゴダール 1988年 -
1989年
1992年
ろおら/ローラ Lola ジャック・ドゥミ 1960年 1992年
しんといつ/新ドイツ零年 ジャン=リュック・ゴダール 1991年 1993年
こたあるのけつへつ/ゴダールの決別 ジャン=リュック・ゴダール 1993年 1994年
えいかというささやかな/映画というささやかな商売の栄華と衰退 ジャン=リュック・ゴダール 1986年 1994年
かつてににけろ/勝手に逃げろ/人生 ジャン=リュック・ゴダール 1981年 1995年
もんそおの/モンソーのパン屋の娘
La Boulangère de Monceau
エリック・ロメール 1963年 1996年
はんしかいちよう/万事快調 ジャン=リュック・ゴダール 1966年 1996年
ほねつと/ポネット ジャック・ドワイヨン 1996年 1997年
しよあ/SHOAH ショアー クロード・ランズマン 1985年 1997年
うつくしきせるしゆ/美しきセルジュ Le Beau Serge クロード・シャブロル 1957年 1999年
らしゆて/ラ・ジュテ クリス・マルケル 1962年 1999年
はなればなれに ジャン=リュック・ゴダール 1964年 2001年 字幕監修山田宏一
あることも/ある子供 ダルデンヌ兄弟 2005年 2005年
たくしいふおお/TAXi4 ジェラール・クラヴジック 2007年 2007年
そして、私たちは愛に帰る ファティ・アキン 2007年 2008年
ろるなのいのり/ロルナの祈り ダルデンヌ兄弟 2008年 2009年
わかししようのあい/我が至上の愛〜アストレとセラドン〜 エリック・ロメール 2007年 2009年
みれにあむ/ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女 ニールス・アルデン・オプレウ 2009年 2010年

翻訳[編集]

国立国会図書館蔵書[7]

おもなレコーディング参加作品[編集]

オリジナルアルバム[編集]

コンピレーションアルバム[編集]

  • 大滝詠一『NIAGARA CM SPECIAL VOL.1』(1977年3月25日 NIAGARA ⁄ COLUMBIA LP:LZ-7005)
    • レコーディング・メンバーとして参加した「Cider'77」、「土曜の夜の恋人に」を収録。
  • 山下達郎『TATSURO YAMASHITA FROM NIAGARA』(1980年
    • 『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』から、寺尾が参加した山下作品の4曲を収録。
  • シュガー・ベイブSONGS』(1994年4月10日 NIAGARA ⁄ east west japan CD:AMCM4188)
    • メンバーとして参加した解散コンサートからの「すてきなメロディー」、「愛は幻」、「今日はなんだか」をボーナス・トラックとして収録[9]
  • 山下達郎『山下達郎CM全集 Vol.1 (Second Edition)』(1996年6月発売 WILD HONEY RECORDS CD:WCD-8002)
    • レコーディング・メンバーとして参加した「ナショナルまきまきカール '75」を収録。
  • 山下達郎『山下達郎CM全集 Vol.2』(2001年2月発売 WILD HONEY RECORDS CD:WCD-8003)
    • レコーディング・メンバーとして参加した「ラグノオ シュガーレス・ケーキ '75」、「資生堂 店頭BGM '75 “南の島”」、「資生堂 MG5 '76」、「不二家 ハートチョコレート '76 (バレンタイン編)」、「資生堂 店頭BGM '76 “HOT HOT”」を収録。

[編集]

  1. ^ 寺尾紗穂インタヴュー、インタヴュアー長門芳郎(元シュガー・ベイブマネジャー)、レコミンツ、2010年3月11日閲覧。
  2. ^ a b c 映像翻訳講座映画美学校、2010年3月11日閲覧。
  3. ^ a b 『ELEC RECORD NEWS』、エレックレコード1975年4月15日発行。
  4. ^ 『SONGS』イーストウエスト盤、解説。
  5. ^ a b c 寺尾次郎、キネマ旬報映画データベース、2010年3月11日閲覧。
  6. ^ SHOAH ショアー、キネマ旬報映画データベース、2010年3月20日閲覧。
  7. ^ OPAC NDL 検索結果、国立国会図書館、2010年3月11日閲覧。
  8. ^ フィルムセンターが販売する出版物一覧東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年3月20日閲覧。
  9. ^ アルバム・レコーディングには参加していないが、30周年記念盤(2005年12月7日発売 NIAGARA ⁄ Sony Music Records CD:SRCL-5003)では他のメンバーと共に寺尾のコメントも収載。

外部リンク[編集]