寧遠郡

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寧遠郡
位置
DPRK2006 Pyongnam-Nyongwon.PNG
各種表記
ハングル 녕원군
漢字 寧遠郡
発音 ニョンウォン=グン
日本語読み: ねいえんぐん
ローマ字転写 Nyŏngwŏn kun
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寧遠郡(ニョンウォンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国平安南道東北部に位置する郡。

地理[編集]

清川江上流の山岳地帯に位置する。北側には妙香山から連なる妙香山脈が聳える。渓谷や洞窟など名勝地も多く、温陽里には温泉がある。

隣接行政区[編集]

行政区域[編集]

1洞・1邑・23里を管轄する。

  • 玉泉洞(オクチョンドン)
  • 寧遠邑(ニョンウォヌプ)
  • 大城里(テソンリ)
  • 都三里(トサムリ)
  • 都坪里(トピョンリ)
  • 龍大里(リョンデリ)
  • 龍城里(リョンソンリ)
  • 馬山里(マサンリ)
  • 文谷里(ムンゴンリ)
  • 松山里(ソンサンリ)
  • 水下里(スハリ)
  • 淳浩里(スノリ)
  • 勝通里(スントンリ)
  • 新垈里(シンデリ)
  • 新里(シルリ)
  • 新幕里(シンマンリ)
  • 新興里(シヌンリ)
  • 永昌里(ヨンチャンリ)
  • 温陽里(オニャンリ)
  • 長山里(チャンサンリ)
  • 中三里(チュンサムリ)
  • 倉山里(チャンサンリ)
  • 青山里(チョンサンリ)
  • 豊田里(プンジョンリ)
  • 茴陽里(フェヤンリ)

歴史[編集]

高句麗時代には内清県と呼ばれた。高麗時代の922年には永清県に属し、朝鮮王朝時代の1396年に永寧県となったのち、1467年に寧遠郡に改称・昇格した。

1945年8月15日の時点で、寧遠郡には9が属していた。1952年12月に北朝鮮の行政区画が改編された際、東北部が大興郡として分離され、現在の寧遠郡の範囲が再編された。現在は1邑25里が属する。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、平安南道寧遠郡に以下の面が成立。(10面)
    • 邑内面・小白面・永清面・城龍面・大興面・快楽面・新倉面・錦城面・徳化面・温和面
  • 1929年 (8面)
    • 新倉面・錦城面が合併し、新城面が発足。
    • 永清面・快楽面が合併し、永楽面が発足。
    • 邑内面が寧遠面に改称。
  • 1943年 - 徳川郡太極面を編入。(9面)
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、平安南道寧遠郡寧遠面・太極面・永楽面および温和面・徳化面の各一部地域をもって、寧遠郡を設置。寧遠郡に以下の邑・里が成立。(1邑18里)
    • 寧遠邑・都坪里・馬山里・文谷里・新幕里・新垈里・龍城里・長山里・内倉里・永昌里・和順里・豊田里・松山里・都三里・勝通里・中三里・倉山里・大城里・水下里
  • 1953年12月 (1邑19里)
    • 龍城里の一部が分立し、新里が発足。
    • 新垈里の一部が龍城里に編入。
  • 1954年10月 - 咸鏡南道大興郡龍大里・青山里・淳浩里・新興里・茴陽里・温陽里を編入。(1邑25里)
  • 1958年 - 馬山里の一部が新幕里に編入。(1邑25里)
  • 1985年 - 和順里が内倉里に編入。(1邑24里)
  • 1985年末 - 内倉里が和順里に改称。(1邑24里)
  • 1986年 - 和順里が玉泉洞に昇格。(1洞1邑23里)

外部リンク[編集]

  1. ^ 평안남도 영원군 역사