寧遠郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
寧遠郡
位置
DPRK2006 Pyongnam-Nyongwon.PNG
各種表記
チョソングル: 녕원군
漢字: 寧遠郡
日本語読み仮名: ねいえんぐん
片仮名転写: ニョンウォン=グン
ローマ字転写 (MR): Nyŏngwŏn kun
統計
行政
国: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
テンプレートを表示

寧遠郡(ニョンウォンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国平安南道東北部に位置する郡。

地理[編集]

清川江上流の山岳地帯に位置する。北側には妙香山から連なる妙香山脈が聳える。渓谷や洞窟など名勝地も多く、温陽里には温泉がある。

隣接行政区[編集]

行政区域[編集]

1洞・1邑・23里を管轄する。

  • 玉泉洞(オクチョンドン)
  • 寧遠邑(ニョンウォヌプ)
  • 大城里(テソンニ)
  • 都三里(トサムニ)
  • 都坪里(トピョンニ)
  • 龍大里(リョンデリ)
  • 龍城里(リョンソンニ)
  • 馬山里(マサンニ)
  • 文谷里(ムンゴンニ)
  • 松山里(ソンサンニ)
  • 水下里(スハリ)
  • 淳浩里(スノリ)
  • 勝通里(スントンニ)
  • 新垈里(シンデリ)
  • 新里(シルリ)
  • 新幕里(シンマンニ)
  • 新興里(シヌンニ)
  • 永昌里(ヨンチャンニ)
  • 温陽里(オニャンニ)
  • 長山里(チャンサンニ)
  • 中三里(チュンサムニ)
  • 倉山里(チャンサンニ)
  • 青山里(チョンサンニ)
  • 豊田里(プンジョンニ)
  • 茴陽里(フェヤンニ)

歴史[編集]

高句麗時代には内清県と呼ばれた。高麗時代の922年には永清県に属し、朝鮮王朝時代の1396年に永寧県となったのち、1467年に寧遠郡に改称・昇格した。

1945年8月15日の時点で、寧遠郡には9が属していた。1952年12月に北朝鮮の行政区画が改編された際、東北部が大興郡として分離され、現在の寧遠郡の範囲が再編された。現在は1邑25里が属する。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、平安南道寧遠郡に以下の面が成立。(10面)
    • 邑内面・小白面・永清面・城龍面・大興面・快楽面・新倉面・錦城面・徳化面・温和面
  • 1929年 (8面)
    • 新倉面・錦城面が合併し、新城面が発足。
    • 永清面・快楽面が合併し、永楽面が発足。
    • 邑内面が寧遠面に改称。
  • 1943年 - 徳川郡太極面を編入。(9面)
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、平安南道寧遠郡寧遠面・太極面・永楽面および温和面・徳化面の各一部地域をもって、寧遠郡を設置。寧遠郡に以下の邑・里が成立。(1邑18里)
    • 寧遠邑・都坪里・馬山里・文谷里・新幕里・新垈里・龍城里・長山里・内倉里・永昌里・和順里・豊田里・松山里・都三里・勝通里・中三里・倉山里・大城里・水下里
  • 1953年12月 (1邑19里)
    • 龍城里の一部が分立し、新里が発足。
    • 新垈里の一部が龍城里に編入。
  • 1954年10月 - 咸鏡南道大興郡龍大里・青山里・淳浩里・新興里・茴陽里・温陽里を編入。(1邑25里)
  • 1958年 - 馬山里の一部が新幕里に編入。(1邑25里)
  • 1985年 - 和順里が内倉里に編入。(1邑24里)
  • 1985年末 - 内倉里が和順里に改称。(1邑24里)
  • 1986年 - 和順里が玉泉洞に昇格。(1洞1邑23里)

脚注[編集]

外部リンク[編集]