富山妙子

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富山妙子(とみやま たえこ、1921年11月6日[1] - )は、日本の画家

来歴[編集]

神戸に生まれる。少女時代を1930年代の満州大連ハルビンで過ごす。1938年、ハルビン女学校卒業。女子美術専門学校(現・女子美術大学)中退[1]。 戦後、1950年代に入り、画家の社会的参加として、筑豊炭鉱や鉱山をテーマに労働者を描く。1970年代には韓国の詩人金芝河(キム・ジハ)[2]の詩をテーマとして、絵と詩と音楽によるスライド作品を自主制作するために、火種工房(ひだねこうぼう)[3]を設立する。近作による展覧会が韓国および欧州各地で開催されている。

日本の戦争責任とアジアを主題に絵と文筆で活動。1984年『はじけ!鳳仙花』を原作として、土本典昭が映画「はじけ鳳仙花 わが筑豊、わが朝鮮」を製作した。

2010年11月26日から12月11日まで、東京YWCA会館において絵画展『アジアを見つめて 植民地と富山妙子の画家人生 〜日韓併合100周年企画〜』が開催される。11月30日には企画の一環として辛淑玉と対談した[4]

作品[編集]

シリーズ[編集]

  • 炭鉱、鉱山シリーズ(油絵デッサン、1950年 - 1960年)
  • 金芝河の詩によせてシリーズ(リトグラフ・油絵、1970年 - )スライド作品
  • チリ 声よ消された声よ チリに(リトグラフ、1974年)
  • 光州シリーズ(版画、1980年)スライド作品
  • 朝鮮人強制連行シリーズ 引き裂かれた者たち 映画『はじけ鳳仙花 わが筑豊わが朝鮮』[5]原画(油絵・リトグラフ、1984年)
  • 朝鮮人軍慰安婦に捧ぐシリーズ(油絵・リトグラフ、1986年)スライド作品
  • タイ Let's go to Japan (油絵・ミックスメディア、1989年)スライド作品
  • 20世紀のレクイエム・ハルビン(油絵・ミックスメディア・版画、1992年 - 1995年)スライド作品
  • きつね物語・桜と菊の幻影に(油絵・インスタレーション、1996年 - 1998年)スライド作品
  • 炭鉱物語 絵と写真のコラボレーション(ミックスメディア、2000年)

著書[編集]

単著[編集]

  • 『炭鉱夫と私』(毎日新聞社)1960 
  • 『中南米ひとり旅』朝日新聞社 1964 アサヒ・アドベンチュア・シリーズ
  • 『わたしの解放 辺境と底辺の旅』筑摩書房 1972 
  • 『わたしのギリシア神話 エロースへの回帰』童心社 1975
  • 『解放の美学 二〇世紀の画家は何を目ざしたか』(未来社)1979 
  • 『はじけ!鳳仙花 美と生への問い』(筑摩書房)1983 
  • 『戦争責任を訴えるひとり旅 ロンドン・ベルリン・ニューヨーク』岩波ブックレット、1989 
  • 『時代を告げた女たち 20世紀フェミニズムへの道』柘植書房 1990
  • 『帰らぬ女たち 従軍慰安婦と日本文化』岩波ブックレット、1992 
  • 『Silenced by history 富山妙子時代を刻む』「アジアへの視座と表現」実行委員会編 現代企画室 1995
  • 『アジアを抱く―画家人生 記憶と夢』(岩波書店)2009 ISBN 4000220519 / ISBN 978-4000220514
  • 『蛭子と傀儡子旅芸人の物語』絵 現代企画室 2009

編・共著[編集]

  • 『反権力の証言 市民が追求する』合同出版 1971
  • 『女への讃歌 われらの解放』編著 三省堂ブックス 1973
  • 『深夜―金芝河・富山妙子詩画集』鄭敬謨訳(土曜美術社)1976
  • 『美術史を解きはなつ』(浜田和子萩原弘子共著、時事通信社)1994
  • 『〈男文化〉よ、さらば 植民地、戦争、原発を語る』辛淑玉共著 岩波ブックレット 2013

脚注[編集]

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  1. ^ a b 富山妙子 デジタル版 日本人名大辞典+Plus 2011年9月3日閲覧。
  2. ^ 富山妙子と火種工房のあゆみ 富山妙子 火種工房 2011年9月3日閲覧。
  3. ^ 富山妙子 火種工房 2011年9月3日閲覧。
  4. ^ 絵画展「アジアを見つめて 植民地と富山妙子の画家人生 ~日韓併合100周年企画~」 東京YWCA 2011年9月3日閲覧。
  5. ^ はじけ鳳仙花 わが筑豊わが朝鮮 allcinema 2011年9月3日閲覧。

外部リンク[編集]