富士見高原病院

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座標: 北緯35度54分53秒 東経138度14分34秒 / 北緯35.91472度 東経138.24278度 / 35.91472; 138.24278

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg JA長野厚生連富士見高原病院
富士見高原病院の新病棟側から診療棟を望む
情報
前身 富士見高原療養所
標榜診療科 内科、精神科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、外科、整形外科、形成外科、皮膚科、泌尿器科、肛門科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、放射線科
許可病床数

161床


一般病床:151床
職員数 800人
機能評価 一般100床以上200床未満:Ver6.0
開設者 長野県厚生農業協同組合連合会
管理者 井上憲昭(院長)
開設年月日 1981年1月1日
所在地
399-0214
長野県諏訪郡富士見町落合11,100番地
二次医療圏 諏訪
PJ 医療機関
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厚生連富士見高原病院(こうせいれんふじみこうげんびょういん)は長野県諏訪郡富士見町にある長野県厚生農業協同組合連合会(JA長野厚生連)が経営する病院。

沿革[編集]

1926年(大正15年)に富士見高原療養所として設立された。結核の高地での長期療養を主目的としたサナトリウムであったが、初代院長の正木不如丘は周辺住民の結核療養所に対する忌避感情に配慮し、外科・眼科・耳鼻科・婦人科なども設置した。しかし標榜科を増やしたことから人件費がかさみ、療養所は3年で財政難に陥った。文才もあった正木は、文筆活動で収入を得、療養所の経営を支えた。戦後は医療の進歩もあり結核療養施設の意義は薄れ、正木も医師を引退する[1]

1981年(昭和56年)には長野県厚生連の管理に移管、後に周辺地区の病院・診療所・老人福祉施設を運営する組織として富士見高原医療福祉センターが成立すると、富士見高原病院はその富士見事業部下の本院として位置付けられている。

認定施設[編集]

  • 日本内科学会認定医制度教育関連病院
  • 日本神経学会専門医制度准教育施設
  • 日本消化器内視鏡学会指導施設
  • 日本消化器病学会認定関連施設
  • 日本消化器外科学会認定施設信州大学医学部附属病院 関連施設
  • 日本大腸肛門病学会認定施設
  • 日本外科学会外科専門医制度関連施設
  • 日本眼科学会専門医制度研修施設
  • 日本整形外科学会専門医制度研修施設
  • 日本泌尿器科学会専門医教育施設 関連教育施設
  • 長野県ウイルス肝炎診療ネットワーク専門医療機関
  • 日本医療機能評価機構認定病院(Ver.6.0)
  • 日本医療薬学会研修施設認定
  • マンモグラフィ検診施設画像認定施設
  • 日本がん治療認定医機構認定研修施設
  • 協力型臨床研修病院
  • 日本人間ドック学会優良二日ドック施設

診療科目[編集]

交通[編集]

富士見高原療養所[編集]

この病院の前身である「富士見高原療養所」は、1926年、株式会社組織の総合病院として設立された。かつては不治の病とされた結核患者の療養所(サナトリウム)として機能させるため、八ヶ岳山麓の空気清浄なこの地に設けられた。文学の素養にも秀でた初代院長・正木俊二(筆名:正木不如丘)の交友関係から、堀辰雄竹久夢二横溝正史らの文人もここで療養生活を送った。

また、当時の結核療養の状況を背景とする、患者や看護婦らの恋愛模様を描いた原作に基づく映画撮影の舞台としても用いられ、その悲恋物語が人々の涙を誘うヒット作品となった。(『月よりの使者』『愛染かつら』『風立ちぬ』など)

長らく創立当時の病棟が「旧富士見高原療養所資料館」とされ、往時の様子を偲び、「亡国病」ともいわれた結核の歴史と現況を伝えていたが、老朽化が著しくなり、耐震性にも問題があることから解体されることになり、2012年9月から解体工事が開始された[2]。2012年10月には病棟のあった場所で6階建て新病棟の起工式が行われた[3]。旧病棟の展示資料や現在の建物の一部は保存される予定[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 児平美和『正木不如丘 文学への誘い ~結核医療に生涯を捧げた大衆作家~』万葉書房、2005年、11-15ページ。
  2. ^ 『読売新聞』2012年9月11日付東京本社朝刊29面。
  3. ^ 『信濃毎日新聞』2012年10月19日付朝刊31面。
  4. ^ “長野・富士見高原病院の富士病棟:小説「風立ちぬ」の療養所、老朽化で解体へ”. 毎日新聞. (2012年8月31日). http://mainichi.jp/feature/news/20120831dde041040045000c.html 2012年8月31日閲覧。 

外部リンク[編集]