富士ガリバー王国
| 富士ガリバー王国 | |
|---|---|
| 施設情報 | |
| テーマ | ガリバー・北欧 |
| 管理運営 | 株式会社富士ガリバー王国 |
| 面積 | 370,000m2 |
| 開園 | 1997年7月26日 |
| 閉園 | 2001年10月28日 |
| 所在地 |
〒409-3715 山梨県西八代郡上九一色村富士ケ嶺2-4 |
| 位置 | 北緯35度24分55秒 東経138度38分55秒 / 北緯35.41528度 東経138.64861度座標: 北緯35度24分55秒 東経138度38分55秒 / 北緯35.41528度 東経138.64861度 |
富士ガリバー王国(ふじガリバーおうこく)は、かつて山梨県西八代郡上九一色村(現在の南都留郡富士河口湖町[注 1])に存在したアミューズメントエコロジーテーマパークである[1]。オウム真理教施設の跡地と誤解されることもあるが[2]、実際は上九一色村のサティアン群から3.5km、最寄りの第6サティアンからも1.5kmほど離れた位置にあった。
概要
[編集]ガリバー旅行記と北欧をテーマとして1997年に開園した。敷地はかつて満蒙開拓移民の引揚者たちが手放した富士山西麓約370,000m2の旧国有地で[3]、園内には全長45mのガリバー像が横たわる「ガリバー島」のほか[4]、ワラビーやトナカイなど多種多様な動物がいる「ふれあい牧場」[5]、ボブスレーとリュージュのコースが設置された「ボブスレーランド」[6]、デンマーク・ニューハウンの街並みを再現した「北欧村」の4つのゾーンから構成されていた[7]。1999年4月には富士山麓が一望できる30人乗り大型気球アトラクション「バルーンワールド」も登場したが、2000年5月に機材故障のため休止された[8]。海外よりパフォーマーを招聘し、当時としては最新鋭のコンピューター制御による人形劇や3D映像を駆使したショーなど屋内アトラクションにも注力した一方で、標高1,200mの気候は厳しく、冬季は2か月ほど休業していた。
オウム真理教のサティアン[注 2]が所在した上九一色村富士ヶ嶺地区に立地したことで、当初から風評被害の懸念があったことに加え、公共交通機関(バス)でのアクセスに難があったこと、テーマの指向性は違っていたものの近隣の富士急ハイランドと競合状態を作り出したことにより来園者が伸び悩み、開業から4年あまりで閉園となった。
略史
[編集]新潟中央銀行頭取の大森龍太郎が主導した3大融資プロジェクト・ゴールデンリング構想の一つ(他の2つは新潟ロシア村と柏崎トルコ文化村)として、株式会社富士ガリバー王国によって1997年(平成9年)7月26日に開園した。隣接地に同じく新潟中央銀行が実質的に設立したファミリー企業により1995年に会員制ゴルフ場「富士中央ゴルフ倶楽部」[注 3]とリゾートホテル「本栖高原ホテル」が開業しており、それぞれの運営会社らファミリー企業が融資を受けて当園の土地を取得・所有していた。
1999年(平成11年)10月に実質的な経営母体であった新潟中央銀行が経営破綻し、金融整理管財人である預金保険機構の管理下となったために新規融資が打ち切られ、綱渡りの経営へと陥った。2001年(平成13年)1月には同行の抵当権差押により富士中央ゴルフ倶楽部と本栖高原ホテルとセットで甲府地裁で不動産競売開始決定を受け、3月に最低入札金額31億円で競売が行われるも入札がなく、整理回収機構へ債権譲渡された。この影響から運営困難となったため、同年10月28日限りで閉鎖した。
なお、2001年4月にファミリー企業に対する当園の土地購入費の融資で銀行に損害を与えたとして、預金保険機構が新潟県警に対して銀行旧経営陣による特別背任罪の告訴状を提出している[9]。
閉鎖後
[編集]2002年(平成14年)11月に行われた3度目の競売で最低入札金額を1回目の約3分の1である約12億5000万円とし、大阪市に本社を置く株式会社壮快美健館(当時:タカギリゾート)が約14億円で落札し、売却した[10]。この関係で引き続き管理者が入る状態となった。ゴルフ場とホテルは2003年(平成15年)4月に「富士1ばんゴルフ・ホテル」の名称で営業を再開した。
2004年(平成16年)8月にガリバー王国跡地は壮快美健館により「ザ・ドッグラン」(敷地面積12,000m2)としてオープンしたが[11]、翌2005年には営業を休止し、事実上閉鎖している。
2005年(平成17年)3月4日に発売されたオリジナルビデオ『ほんとにあった! 呪いのビデオ 15』の第10話「ニューロシス」(出演:神野愛依)では、閉鎖後の当園がロケ地として使用された。
その後、不動産デベロッパー大手の「アーバンコーポレイション」が2006年(平成18年)に壮快美健館が落札した3施設の不動産と経営権を買収。2007年(平成19年)にはゴルフ場とホテルを「富士クラシック」に改称。ガリバー王国の構造物は解体・更地化し、大型リゾートホテルの建設を検討していたと言われるが、2008年(平成20年)8月に同社は倒産[注 4]。これにより富士クラシックはエーシーキャピタルが買収し三たび経営権が異動したものの営業を継続しているが、アーバンコーポレイションに残ったガリバー王国跡地の再利用策は不透明なものとなっている。
跡地は廃墟となっており、現在でも基礎部分や一部の建屋などが確認できる。なお、運営企業であった株式会社富士ガリバー王国の法人格は2026年(令和8年)1月27日に消滅した(登記官による閉鎖)[12]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ “ガリバー王国って何?”. 富士ガリバー王国. 2001年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月4日閲覧。
- ↑ “地下鉄サリン事件 、一通の手紙が裁判を覆すかもしれない”. ダイヤモンド・オンライン. 2013年1月9日. 2023年12月5日閲覧.
- ↑ ““オウム真理教の本拠地”にあったテーマパークが「4年で閉園」した理由――大反響トップ10”. 日刊SPA!. 2024年2月24日. 2025年11月2日閲覧.
- ↑ “ガリバー島”. 富士ガリバー王国. 2001年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月4日閲覧。
- ↑ “ふれあい牧場”. 富士ガリバー王国. 2001年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月4日閲覧。
- ↑ “ボブスレーランド”. 富士ガリバー王国. 2001年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月4日閲覧。
- ↑ “北欧村”. 富士ガリバー王国. 2001年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月2日閲覧。
- ↑ “ジャイアントバルーン運休のお知らせ”. 富士ガリバー王国. 1999年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年11月2日閲覧。
- ↑ 特別背任事件の告訴について 2001年4月10日 預金保険機構。
- ↑ 山梨日日新聞2004年7月3日付記事
- ↑ 山梨日日新聞2004年8月12日付記事
- ↑ “株式会社富士ガリバー王国の情報”. 国税庁法人番号公表サイト. 2026年3月1日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Welcome to ガリバー王国 - ウェイバックマシン(2001年10月20日アーカイブ分)(富士ガリバー王国 公式サイト)