密厳院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
高野山密厳院
Karukayadou0ɨ.jpg
刈萱堂
所在地 和歌山県伊都郡高野町高野山479
山号 高野山
宗旨 真言宗
宗派 高野山真言宗
本尊 大日如来
創建年 1132年(長承元年)
開山 覚鑁
別称 興教大師御住坊
札所等 東海近畿地蔵霊場第34番
法人番号 4170005004950
テンプレートを表示

密厳院(みつごんいん)は、和歌山県高野町の金剛峯寺の塔頭寺院の一つ。新義真言宗の教学の祖である興教大師覚鑁の自所だった寺院。

覚鑁が、腐敗した金剛峯寺の内紛に憂いを持ち、密厳院において3余年に及ぶ無言行を敢行した直後に書き上げたと言われる密厳院発露懺悔文は有名である。

高野山一の橋から奥の院に向かう途中に位置し、1140年の金剛峯寺の内紛により焼き討ちにあい、住職の覚鑁はやむなく山を降り、根来寺を開創した。現在の寺院はその後再建されたもので、境内に刈萱堂東海近畿地蔵霊場第34番札所)がある。[1]

覚鑁が密厳院にて本尊とした不動明王は、運慶作である平常眼の不動明王であった。同尊像は、寿永3年、北条時政の持仏として二体きざまれた。現在、二体のうちの一体は伊豆の願成就院に、もう一体は東京都立川市の燈檠山真澄寺(新宗教真如苑)の奥の院に安置されている。[要検証 ]

脚注[編集]

  1. ^ 『高野山 宿坊の旅』エイムック、2013による。