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宮田東峰

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宮田東峰

宮田 東峰(みやた とうほう、1898年明治31年〉3月24日[1][2][3] - 1986年昭和61年〉1月31日[2][3][4])は日本のハーモニカ奏者、作曲家。本名・宮田 孝三郎(みやた こうざぶろう)[5][2][4]群馬県前橋市出身。日本作曲家協会常任理事、日本コロムビア常任顧問[3]日本音楽著作権組合副委員長[5]、群馬県作詞作曲家協会長[5]などを務めた。兄は東京マンドリン宮田楽団創立者の宮田信義、息子はジャズ・フルート奏者の宮田英夫[2]

生涯

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1898年明治31年)、群馬県前橋市神明町[5]父松之助、母はる子の三男として生まれる[1]。父は自身が生まれた日に死去した[1][2]。6歳の時に母とともに母の実家があった野田に移り住むが、翌年母も死去したため東京の兄姉のもとに身を寄せた[6]

比留間賢八に弟子入りしていた次兄・信義がハーモニカを演奏していたことからハーモニカに関心を持ち[7]、小学5年のとき義兄がドイツ出張のお土産として買ってきてくれたホーナー社のハーモニカに熱中した[7][5][2]。氷川尋常小学校を卒業し赤坂高等小学校に進む[8]

1918年大正7年)中央大学経済学部に籍を置きながら東京毎夕新聞に入社[9][5][2]。同年帝国蓄音機商会(ヒコーキレコード)で「カルメン」と「ダニューブ河の漣」の吹き込みを行い初のレコードが発売された[10][2]。同年6月、日本最初の民間人によるハーモニカ合奏団である、東京ハーモニカ・ソサイアティを結成[11][2]。大学は同年に中退[12][3]

1922年(大正11年)にニッチク(現・日本コロムビア)で東京ハーモニカ・ソサイアティ初のレコード吹き込みを行った[13]。曲は「愉快な鍛冶屋」と「双頭の鷲の下に」で、当時の15人のメンバーの中には後にテナーサックス奏者として知られる松本伸やアコーディオンの小泉幸雄などがいた[13]。最初のレコードの吹込料は現金では支払われず鰻丼をおごられたが、2枚目の「ラ・スパニョラ英語版」「勝利の父」から吹込料が支払われるようになった[14]

1923年(大正12年)4月には、日本で初となる自身の顔写真の商標登録を行い、宮田東峰監修のハーモニカ「スポーツマン」が発売された[15]。翌1924年(大正13年)にトンボ楽器と契約[16][5][2]

1924年(大正13年)9月、東京ハーモニカ・ソサイアティをミヤタ・ハーモニカ・バンドに改称[17][5][3]、ハーモニカの独奏の活動をやめ合奏指導や編曲へ専念することとなる[17]。同月、コロムビアと専属契約を結ぶ[18][5]

1931年昭和6年)松竹初のトーキー映画『マダムと女房』制作にあたってラストシーンの挿入歌「私の青空」の演奏をハーモニカ・オーケストラで行い、2作目の『若き日の感激』でも演奏を行った[19]

1953年(昭和28年)、コロムビア・ミヤタ音楽教室を開設[20][2]。歌謡科からは島倉千代子君和田民枝江波孝也鹿島幸治白鳥みずえ・坂口うたえ等の歌手を輩出することとなる[20]

1960年(昭和35年)に藍綬褒章受章、1968年(昭和43年)に勲四等旭日小綬章1974年(昭和49年)には勲三等瑞宝章に叙せられた[2][3]

1986年(昭和61年)1月31日、心不全で死去[4]行年87歳。戒名は龍光院孝誉栄楽東峰大居士[要出典]

2012年平成24年)、大衆音楽の殿堂入り[21]

2022年令和4年)、雑司ヶ谷霊園に所在する墓所が無縁墳墓に指定された[要出典]

作曲作品

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他多数

著書

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  • 「ハーモニカ教本」
  • 「ミヤタハーモニカ独習」
  • 「音楽に生きる」

褒章

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  • 藍綬褒章(1960年)
  • 勲四等旭日小綬章(1968年)
  • 勲三等瑞宝章(1974年)

監修楽器

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脚注

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出典

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  1. 1 2 3 宮田 1959, p. 7.
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 新撰 芸能人物事典 明治~平成『宮田東峰』 - コトバンク
  3. 1 2 3 4 5 6 20世紀日本人名事典『宮田東峰』 - コトバンク
  4. 1 2 3 講談社 編『現代人物情報源 1987-'88』講談社、1987年7月15日、544頁。doi:10.11501/12211277(要無料登録要登録)
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『群馬県人名大事典』上毛新聞社、1982年11月1日、512頁。doi:10.11501/12189010(要無料登録要登録)
  6. 宮田 1959, pp. 8–10.
  7. 1 2 宮田 1959, pp. 16–20.
  8. 宮田 1959, p. 23.
  9. 宮田 1959, p. 50.
  10. 宮田 1959, pp. 54–55.
  11. 宮田 1959, pp. 55–56.
  12. 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)[要ページ番号]
  13. 1 2 宮田 1959, p. 62.
  14. 宮田 1959, pp. 63–64.
  15. 宮田 1959, p. 71.
  16. 宮田 1959, p. 70.
  17. 1 2 宮田 1959, pp. 71–72.
  18. 宮田 1959, pp. 114–115.
  19. 宮田 1959, pp. 132–134.
  20. 1 2 宮田 1959, pp. 237–238.
  21. 平成23年 大衆音楽の殿堂(顕彰者一覧) | 古賀政男音楽博物館”. www.koga.or.jp. 2025年6月25日閲覧。
  22. 昭和楽器製造 / ハーモニカのこだわり”. www.syowagakki.co.jp. 2024年4月17日閲覧。

参考文献

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  • 宮田東峰『みんな仲間だ』東京書房、1959年9月30日。doi:10.11501/2490162 (要無料登録要登録)

外部リンク

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