宮川将

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宮川 将
東北楽天ゴールデンイーグルス #90
S miyagawa20140426.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府泉南市
生年月日 1990年10月19日(26歳)
身長
体重
184 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 育成選手ドラフト1位
初出場 2013年6月5日
年俸 800万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

宮川 将(みやがわ しょう、1990年10月19日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する大阪府泉南市出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校2年生から野球を始めると、大体大附中学校では準硬式野球部に所属。大体大浪商高校時代は「大阪No1ピッチャー」と評されるも、甲子園の出場経験はなく、「自分には力がない」と考え、プロ志望届は出さずに大学進学を選択する[2]

大阪体育大学に進学し、硬式野球部に入部。1年次の春のリーグ戦ではいきなり開幕投手を務め、ベストナインを獲得[3]。しかし、1年次の秋に右肘を痛め、以降は同期の松葉貴大と左右のダブルエースとして活躍するも、自身は2番手投手に甘んじることになる[3]。リーグMVPを3回、最優秀投手賞を1回受賞し、リーグ通算29勝9敗、防御率2.00、274奪三振

2012年の育成ドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスから1巡目で指名。支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)という条件で、育成選手として契約した[4]背番号は「121」。ちなみに、ドラフト会議の直前から、TBSテレビ制作の『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』の取材クルーが宮川に密着。同番組への出演中に指名を受けた。

プロ入り後[編集]

2013年
イースタン・リーグの公式戦で、主に中継ぎとして、6月までに3勝0敗、防御率2.89を記録した[5]同月2日支配下選手契約へ移行すると[6]ともに、背番号を90へ変更[6]。さらに、同日の出場選手登録[7]を経て、6月5日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)に救援投手として一軍デビューを果たした[7]8月4日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)では、先発の戸村健次が4回3失点で降板したにもかかわらず、打線が5回表にNPB新記録の1イニング7二塁打で7点を挙げて逆転。5回裏から2番手で登板した宮川は、残りの3イニングを5安打1失点で凌ぐと、一軍でのプロ初勝利を記録するとともにチームの7連勝(球団タイ記録)に貢献した。育成選手としてNPBの球団へ入団した投手が、1年目に一軍公式戦で勝利投手になった事例は初めてであった[8][9][10][11]8月27日の対オリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)では、2番手で登板すると、大学時代にエースの座を争ったオリックス先発・松葉との投げ合いが初めて実現[12]9月23日の対日本ハム戦(札幌ドーム)で一軍初先発を果たすと、7回を1安打無失点に抑えて2勝目を挙げた[13]。一軍公式戦全体では、17試合の登板で2勝0敗1ホールド、防御率2.45をマーク。レギュラーシーズン終盤の10月19日には、TBSテレビで放送の『バース・デイ』で、プロ入りまでの半生が改めて紹介された。
この年にはチームがパシフィック・リーグで初優勝・日本シリーズへの初進出を果たしたことから、同シリーズの出場資格者名簿には、ドラフト2巡目で入団の同期投手・則本昂大と共に登録[14]。巨人との対戦になった日本シリーズでは、第4戦(10月30日東京ドーム)の4回裏に、2番手投手としてポストシーズン初登板を果たした。しかし、先頭打者からの2連続四球と長野久義の適時打で1点を失ったうえに、4人目の打者・寺内崇幸に対する頭部付近への死球で日本シリーズ史上3人目(球審からの危険球宣告では2人目)の退場処分を受けた[15]。日本シリーズで登板できたのはこの試合だけで、1アウトも取れなかったため、シリーズでの防御率は記録上無限大になっている。
チームの日本シリーズ初制覇によって進出した台湾でのアジアシリーズでは、地元の統一セブンイレブン・ライオンズ中華職業棒球大聯盟での優勝チーム)と対戦した11月19日の準決勝に先発。しかし、2回途中3失点という内容で敗戦投手になったばかりか、チームも決勝進出を逃した[16]
2014年
オープン戦で出遅れた影響で、5月20日にシーズン初の出場選出登録。登録後の一軍公式戦には、主にロングリリーフで起用された。7月2日の対オリックス戦からは、先発陣の一角に定着。一軍公式戦では、前年と同じ17試合の登板で、3勝1敗1ホールド、防御率4.29という成績を残した。しかし、右肘頭の疲労骨折が判明したことから、レギュラーシーズン終了後の10月15日に骨の移植手術を行った[17]。その影響で、手術後の同月28日には、球団から支配下選手契約の解除を通告[18]11月10日には、再び育成選手契約を結ぶとともに、背番号も入団時の121に戻した[19]
2015年
前年の手術からのリハビリへ専念したことに加えて、夏場に右肘のクリーニング手術を受けた[20]。このため、二軍でも実戦登板の機会がなく、支配下登録選手への復帰も見送られた。
2016年
二軍救援陣の柱として、イースタン・リーグ公式戦17試合に登板すると、防御率2.95をマーク。7月17日には、支配下登録選手へ復帰するとともに、背番号を再び90に変更した[21]。翌18日には、自身2シーズン振りの出場選手登録を経て、対日本ハム戦(札幌ドーム)への救援登板で一軍公式戦への復帰を果たした[22]

選手としての特徴[編集]

ストレートと変化球はカーブと2種類のスライダーが武器の本格派右腕[23]。制球力に課題を残す[24]

楽天への入団後は、2度にわたる右肘の手術や投球フォームの改造によって、ストレートの最高球速が147km/hから151km/hにまで向上。ストレートで常時140km/h台の後半を計測するようになった[21]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 楽天 17 2 0 0 0 2 0 0 0 1.000 177 40.1 41 5 21 0 0 33 2 0 11 11 2.45 1.54
2014 17 4 0 0 0 3 1 0 0 .750 183 42.0 44 5 17 0 3 32 2 0 23 20 4.29 1.45
2016 9 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 35 9.2 5 0 3 0 1 9 0 0 1 1 0.93 0.83
通算:3年 43 6 0 0 0 5 1 0 1 .833 395 92.0 90 10 41 0 4 74 4 0 35 32 3.13 1.42
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 121 (2013年 - 同年6月1日[6]、2015年 - 2016年7月16日)
  • 90 (2013年6月2日[6] - 2014年、2016年7月17日 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 楽天 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月14日閲覧。
  2. ^ マウンドに立つ背番号「90」と「70」。楽天・宮川、ヤクルト・八木の再出発。”. Number Web. 文藝春秋. p. 1 (2013年6月19日). 2013年7月2日閲覧。
  3. ^ a b マウンドに立つ背番号「90」と「70」。楽天・宮川、ヤクルト・八木の再出発。”. Number Web. 文藝春秋. p. 2 (2013年6月19日). 2013年7月2日閲覧。
  4. ^ “育成1位宮川と契約”. nikkansports.com. (2012年11月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2012/news/f-bb-tp0-20121120-1049574.html 2012年11月20日閲覧。 
  5. ^ “育成の宮川が支配下へ背番号90”. nikkansports.com. (2013年6月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130602-1136865.html 2013年6月2日閲覧。 
  6. ^ a b c d 【宮川将選手】支配下登録に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2013年6月2日). 2013年6月2日閲覧。
  7. ^ a b c “宮川1軍デビューは2回無失点”. nikkansports.com. (2013年6月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130605-1138422.html 2013年8月6日閲覧。 
  8. ^ 記録ラッシュの楽天 11二塁打はプロ野球タイ 4連続はリーグタイスポーツニッポン2013年8月4日配信
  9. ^ 7連勝の楽天 最短9日にマジック39点灯スポーツニッポン2013年8月5日配信
  10. ^ 楽天 記録ずくめ!球団タイ7連勝、プロ野球新1イニング7二塁打スポーツニッポン2013年8月4日配信
  11. ^ 育成出身ルーキー宮川がプロ初勝利 ウイニングボールは最愛の父へスポーツニッポン2013年8月4日配信
  12. ^ 東北楽天ひと休み 新人左腕に打線沈黙 連勝「3」で止まる河北新報「羽ばたけイーグルス」2013年8月28日配信
  13. ^ a b 楽天4連勝でM3!育成ドラ1宮川、プロ初先発で7回1安打零封スポーツニッポン2013年9月23日配信
  14. ^ 楽天VS巨人 日本シリーズ出場資格者を発表スポーツニッポン2013年10月24日配信
  15. ^ 宮川 危険球で退場…日本シリーズでは多田野以来2人目スポーツニッポン2013年10月30日配信
  16. ^ 宮川2回途中でKO「悔しい」/アジアシリーズ日刊スポーツ2013年11月19日配信
  17. ^ 楽天宮川が右肘手術 育成選手でリハビリ”. nikkansports.com (2014年10月18日). 2015年3月17日閲覧。
  18. ^ 来季の支配下選手契約に関して平成26年10月28日 東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト
  19. ^ 来季の育成選手契約に関して平成26年11月10日 東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト
  20. ^ 楽天が育成の宮川将を支配下選手登録 右肘手術から復活”. デイリースポーツ (2016年7月17日). 2016年7月19日閲覧。
  21. ^ a b 楽天、育成の宮川将を支配下登録、背番90”. nikkansports.com (2016年7月17日). 2016年7月19日閲覧。
  22. ^ 楽天宮川、育成から復帰マウンド2年ぶり1軍で0封”. nikkansports.com (2016年7月18日). 2016年7月19日閲覧。
  23. ^ 週刊ベースボール2013年10月28日号 P128
  24. ^ “大体大・宮川 同期ドラフト候補にメラメラ「自分が抜かれた形なので」”. Sponichi Annex. (2012年1月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/01/kiji/K20120101002343970.html 2012年11月20日閲覧。 
  25. ^ 2013年7月28日 楽天 対 千葉ロッテ 成績詳細”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2013年7月28日). 2013年8月6日閲覧。
  26. ^ “宮川、球団初の育成出身白星飾った!”. スポーツ報知. (2013年8月4日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20130804-OHT1T00172.htm 2013年8月6日閲覧。 
  27. ^ 2013年8月4日 北海道日本ハム 対 楽天 成績詳細”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2013年8月4日). 2013年8月6日閲覧。
  28. ^ 2013年9月23日 北海道日本ハム 対 楽天 成績詳細”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2013年9月23日). 2013年9月23日閲覧。
  29. ^ 2013シーズン 楽天イーグルス 選手登場曲リスト”. 東北楽天ゴールデンイーグルス. 2013年8月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]