宮崎省吾

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宮崎 省吾(みやざき しょうご、1938年1月19日 - )は、日本市民運動家貿易商。国鉄横浜新貨物線反対同盟連合協議会事務局長などとして、「地域エゴイズム」に基づく住民運動を展開した。

人物・経歴[編集]

東京出身[1]。1961年一橋大学社会学部卒業[2]。大学在学中川岸近衛平尾光司飯沼健真酒井武史らと学生運動に参加。政治学岡義達ゼミ出身。大学卒業後は総合商社や、貿易会社勤務を経て、貿易商人となり、貨物線反対運動に参加[3]。1966年国鉄横浜新貨物線反対同盟連合協議会事務局長に就任。「地域エゴイズム」に基づく独自の住民運動を展開した[1][4]

著書[編集]

  • 『いま、「公共性」を撃つ : 「ドキュメント」横浜新貨物線反対運動』新泉社 1975年(復刻版 創土社 2005年)

脚注[編集]

  1. ^ a b 宮崎省吾(読み)みやざき しょうごコトバンク
  2. ^ 150 年史準備室 No.4 2018.3」] - 一橋大学機関リポジトリ
  3. ^ 宮崎省吾「私の(住民運動)思想史における一橋大学時代(1957-1961) (PDF) 」 - 一橋大学
  4. ^ 道場親信、[1960-70年代「市民運動」「住民運動」の歴史的位置 中断された「公共性」論議と運動史的文脈をつなぎ直すために]『社会学評論』 2006年 57巻 2号 p.240-258, doi:10.4057/jsr.57.240