宮下瞳

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宮下瞳
Hitomi-Miyashita20110826.jpg
2011年8月26日撮影
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県鹿児島市
生年月日 (1977-05-31) 1977年5月31日(40歳)
騎手情報
所属団体 愛知県競馬組合
所属厩舎 竹口勝利(名古屋)
勝負服 胴紫・桃一文字、袖白
初免許年 1995年
免許区分 平地
通算勝利 7795戦626勝
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宮下 瞳(みやした ひとみ、1977年5月31日 - )は、地方競馬名古屋競馬場所属の騎手である。現在の姓は小山 瞳(おやま ひとみ)。

兄は兵庫県競馬組合所属騎手の宮下康一(名古屋→新潟上山金沢→引退→現役復帰し兵庫)。夫は名古屋競馬場所属の騎手・小山信行。同じ女性騎手であった赤見千尋高崎宇都宮)や増沢由貴子田村真来(ともにJRA)とは同学年である。

来歴[編集]

1995年9月29日に騎手免許取得。同年10月22日の名古屋競馬第1競走で初騎乗(オブラディオブラダ・9着)。同年10月24日名古屋競馬第6競走をショウワミラクルで優勝し、初勝利。

1997年9月23日に行われた第12回全日本新人王争覇戦を優勝(12人中2位)[1]

2005年2月2日、同じ名古屋競馬場所属の小山信行騎手との入籍を発表した[2]。が、騎手の登録名は旧姓のまま活動することになった。同年7月18日の名古屋競馬第1競走をアジャイルスーパーで優勝し、通算351勝を達成。吉岡牧子(元益田競馬場所属)が保持していた日本における女性騎手最多勝記録(350勝)を更新した[3]

2005年11月3日に名古屋競馬場で行われたJBCのテレビ中継にゲストとして出演。なお、この日は両GIでの騎乗馬が無かった。

2006年3月3日の名古屋競馬第7競走の旅人1歳記念で1番人気のマグマチャンプに騎乗し優勝、通算400勝目を飾る。

2006年6月6日の名古屋競馬第2競走では自身の騎乗馬であるヘイセイチャンスと夫・小山信行の騎乗馬メイショウタンドルが「夫婦で1着同着」になるという珍しい記録を達成した。

2007年10月26日の名古屋競馬第7競走で500勝を達成。同年11月にはレディースジョッキーズシリーズ2007で2勝を挙げ、総合優勝を果たした。

2009年2月26日の笠松競馬場第1競走でローレルスキーに騎乗し優勝、通算600勝を達成。同年8月9日には韓国釜山慶南競馬場で開催された「第1回KRA国際女性騎手招待競走」に岩永千明荒尾)、別府真衣高知)と共に日本代表として出場。同年8月7日釜山慶南競馬場第7競走でTamna Kwaegeolに騎乗し、海外初騎乗(13頭立て7番人気4着)。招待競走では6番人気のIma Firecracker(アイマファイアクラッカー)に騎乗し優勝を飾った[4]。同年8月26日韓国釜山慶南競馬場に6ヶ月間の短期免許申請を行ったことが発表され[5]、当初は同年10月5日から2010年3月31日までの6ヶ月間の騎乗予定だった[6]。同年10月18日釜山慶南競馬場第3競走をSeongsu Yeongung(ソンスヨングン)に騎乗し優勝、遠征13戦目にして初勝利をあげ[7]、2010年9月まで遠征を続けることになった[8]。GIのグランプリにも騎乗し、4着に入った。

2010年は40勝を挙げ、韓国リーディングジョッキーランキングでは釜山所属で5位(ソウルとの総合では11位相当)になっている。2011年5月末まで遠征した[9]

2011年8月11日愛知県競馬組合より同月16日付けでの引退が発表された[10]

2012年3月4日、第1子となる長男を出産した[11]

2016年7月13日、地方競馬の調教師・騎手合格者が発表され、厩務員から騎手に復帰することとなった。一度引退した女性騎手が復帰するのは日本では初めてである[12]

テレビ出演[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]