宝塔寺

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宝塔寺
本堂
本堂
所在地 京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町32
位置 北緯34度57分46.3秒 東経135度46分32.9秒 / 北緯34.962861度 東経135.775806度 / 34.962861; 135.775806座標: 北緯34度57分46.3秒 東経135度46分32.9秒 / 北緯34.962861度 東経135.775806度 / 34.962861; 135.775806
山号 深草山
宗派 日蓮宗
本尊 三宝尊
創建年 延慶年間(1308 - 1311年)
開山 日像
開基 藤原基経
文化財 寶塔寺塔婆(多宝塔)(重要文化財)ほか
法人番号 7130005002121
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仁王門
多宝塔

宝塔寺(ほうとうじ)は、京都府京都市伏見区深草にある、日蓮宗の寺院。山号は深草山。旧本山は、大本山妙顕寺。奠師法縁。

概要[編集]

寺名は日像が京都の七口(京都に入る7つの街道の入口)に建立した題目石塔の1つを日像の廟所に祀ったことによる。平安時代に藤原基経の発願により創建され源氏物語にも言及される極楽寺が前身である。

歴史[編集]

藤原基経が発願した極楽寺が宝塔寺の前身とされている。極楽寺は基経の没後、嫡子の藤原時平により899年(昌泰2年)建立されたもので、『源氏物語』「藤裏葉」帖に寺名が言及されている。

鎌倉時代末期、京都で布教にあたっていた日像は当時の極楽寺の住持・良桂法論を行った。良桂は日像に帰依し、真言律宗寺院であった極楽寺は延慶年間(1308 - 1311年)日蓮宗に改宗した。興国3年/康永元年(1342年)日像は妙顕寺で入寂、遺言により当寺において荼毘に付された[1]

寺は1467年(応仁元年)応仁の乱で焼失後、長らく再建されなかったが、1590年(天正18年)8世日銀が伽藍を再建した[2]

伽藍・境内[編集]

  • 本堂 - 慶長13年(1608年)建立。入母屋造、本瓦葺き。桁行七間、梁間五間。釈迦如来像、十界曼荼羅のほか、日蓮と日像の像を安置する[3]
  • 多宝塔 - 室町時代建立
  • 総門 - 室町時代建立。四脚門。
  • 仁王門 - 1711年(宝永8年)再建
  • 昭宣堂 - 昭和16年(1941年)建立。前身寺院極楽寺の開祖藤原基経(昭宣公)の宝篋印塔を安置する。
  • 七面堂 - 寛文6年(1666年)に勧請された七面天女を祀る。
  • 日像廟 - 日像は興国3年/康永元年(1342年)日像は妙顕寺で入寂し、当寺に葬られた。題目笠塔婆を安置する。
  • 三十番神堂
  • 千仏堂

塔頭[編集]

  • 大雲寺(西之大坊):天文5年(1536年)建立
  • 霊光寺:天正13年(1585年)再建
  • 自得院:文禄3年(1594年)開創
  • 圓妙院:慶長2年(1597年)建立
  • 直勝寺:慶安4年(1648年)創建
  • 慈雲院:明暦3年(1657年)創建
  • 玉泉院:慈雲院に合併された

その他[編集]

文化財[編集]

重要文化財[編集]

  • 多宝塔
  • 四脚門(総門)
  • 本堂

所在地[編集]

京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町32

交通アクセス[編集]

周辺[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『昭和京都名所図会 6 洛南』、pp.71 - 75
  2. ^ 『昭和京都名所図会 6 洛南』、pp.71 - 75
  3. ^ 建物の説明は『昭和京都名所図会 6 洛南』、pp.71 - 75による。

参考文献[編集]

  • 竹村俊則『昭和京都名所図会 6 洛南』、駸々堂、1986
  • 佐和隆研・奈良本辰也・吉田光邦編『京都大事典』、淡交社、1984