宍戸錠

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ししど じょう
宍戸 錠
宍戸 錠
本名 宍戸 錠
生年月日 (1933-12-06) 1933年12月6日(83歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府大阪市北区
身長 174cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル 映画、テレビドラマ
活動期間 1955年 -
活動内容 1954年日活ニューフェース
1955年:『警察日記』でデビュー
1959年:『ギターを持った渡り鳥
1960年:『拳銃無頼帖 抜き討ちの竜』、『海から来た流れ者
1961年:『ろくでなし稼業
1994年:『私立探偵濱マイク』シリーズ
配偶者 宍戸游子(本名・宍戸昌子)
(2010年死去)
著名な家族 実弟(郷鍈治
義妹(ちあきなおみ
長女(宍戸史絵
長男(宍戸開
公式サイト 宍戸錠オフィシャルウェブサイト

宍戸 錠(ししど じょう、1933年12月6日 - )は、日本の俳優大阪市北区出身。日活スターの1人。血液型はB型。宍戸錠事務所所属。

小林旭と『渡り鳥シリーズ』など多数の映画で共演し、エースのジョーという愛称でも親しまれている。実弟は悪役俳優として活躍した郷鍈治。長男の宍戸開も俳優。

来歴・人物[ソースを編集]

大阪府桜宮生まれ。「錠」という名は子沢山だったため、最後の子にしたいという母親の想いに由来する。父親が事業で成功し、5歳の時に家族で東京滝野川へ移り住み裕福な生活を送っていたが、小学6年生のとき東京大空襲で自宅が全焼、さらに跡地はドサクサに紛れた何者かが居座り、奪われてしまう。そのために宮城県白石市へ疎開。以来、高校卒業まで同地で育つ。高校ではバスケットボール部に所属していた。

1952年宮城県白石高等学校を卒業。日本大学藝術学部演劇科に入学するが、2年のときに日活の募集に応じて合格したことから、中退した。

1954年日活撮影所へニューフェイス第1期生として入所。

1955年、『警察日記』で若い巡査役として銀幕デビュー。この頃は線の細い美青年だったが、1956年には、トレードマークともなる豊頬手術を受ける。本人は「失敗だった」と述懐するが、これを機に「アクの強い役=悪役」への転向を果たした。その後、映画や創生期のテレビドラマ『事件記者[1]』などにも出演、タフでハードボイルドな役柄で人気を得て、日活アクション映画の人気の隆盛ともに、「エースのジョー」として人気を確立した。エッセイ等でも古くから海外ミステリの熱心な愛読者であることが示されており、日活の路線もあって、比較的趣味と近い部分で役柄やイメージを展開することができた。

その後は映画の衰退と共にテレビへ活動の場を移し、ドラマで存在感を示す一方、『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』や『カリキュラマシーン』ではコメディアンとして出演し、演技の幅と懐の深さを見せた。また、息子の宍戸開と親子2代にわたり、『くいしん坊!万才』のレポーターを務めたこともある。映画『溺れる魚』では「エースのジョー」役で出演した。

その後も、ドラマやバラエティに数多く出演するとともに、映画・舞台にも出演し、活躍を続けている。なお、豊頬の際に注入された異物(オルガノーゲン)は2001年に摘出手術で取り除いている。摘出までの過程はテレビでも放送された。

また、英国のファッションブランド「トムモリス」のファンで、愛用している。

2006年4月、息苦しさを感じ、心臓血管研究所付属病院での検査の結果虚血性心不全と診断され、即入院。冠状動脈カテーテル・バルーン手術を受けた。


2010年4月16日に妻で元女優、エッセイストの游子が死去。

1966年には鈴木恂の設計で邸宅を建てるも[2]2013年2月4日に全焼[3]、妻の死去後は独り暮らしで外出時の出火だった[4]。直後のホテル住まいを経て、翌月からは賃貸マンションで暮らしている 晩年の被害妄想は重度で自宅全焼の際にも‘放火犯が居た、毎晩護身用の木刀を持って寝ている’とコメントしていたが消防署の調べては古い電熱器のコードが原因だと判明。 ‘しょうがない、今後の衣服はユニクロで我慢するか’との営業妨害スレスレ暴言も吐いている。 俳優として最後の仕事は、菅野美穂主演の連ドラ『キイナ』の犯人役だが滑舌が回らず撮影超過を起こし以後出演依頼は皆無だった。

[5]

出演作品[ソースを編集]

テレビドラマ[ソースを編集]

映画[ソースを編集]

オリジナルビデオ[ソースを編集]

舞台[ソースを編集]

  • 「サーカス殺人事件」
  • 「リリーとリリー」
  • 「シュガー」
  • 「マジック狂時代」
  • 「馬喰一代」
  • 「花咲ける騎士道」

吹き替え[ソースを編集]

バラエティ[ソースを編集]

ラジオ[ソースを編集]

CM[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

著作[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 現存するわずか数本のうち、2本(1958年7月放送)に出演していた。これらの映像は現在、横浜市中区日本大通にある放送ライブラリーなどで見ることができる。
  2. ^ 宍戸錠宅全焼 79歳ひとり暮らしけがなし - nikkansports.com (2013年2月5日) 2013年2月5日閲覧。
  3. ^ 宍戸錠さん宅が全焼 外出中でけが人なし2013年2月4日 mns産経ニュース
  4. ^ 宍戸錠怒りあらわ「捕まえてやりたい」”. nikkansports.com (2013年2月6日). 2013年3月24日閲覧。
  5. ^ 宍戸錠全焼豪邸更地にして3億円土地売却”. nikkansports.com (2013年3月20日). 2013年3月24日閲覧。

外部リンク[ソースを編集]