安倍栄作

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安倍 栄作(あべ えいさく、1899年 - 1983年6月27日[1][2])は、山形県出身の日本の洋画家

東田川郡藤島村(現・鶴岡市)に生まれる[1]。生家は高橋家で、鶴岡の安倍家の家督を継いだ[3]。山形県立荘内中学校(現・山形県立鶴岡南高等学校)に進学し、東京美術学校日本画科出身の美術教員・小貫博堂に指導を受けた[4]。東京美術学校図画師範科に進学・卒業後、北海道庁立函館高等女学校(現・北海道函館西高等学校)教員となる[1]。その後、郷里に近い山形県立鶴岡高等女学校(現・山形県立鶴岡北高等学校)の教員に転じた[1]

画家としては、太平洋美術会、槐樹社、地元鶴岡の美術団体である白甕社[5]に所属[1][3]。「バラの画家」の異名もあった[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 絵画 油彩 「聖夜のミラノ大寺」 安倍栄作”. 文化遺産オンライン. 2015年8月21日閲覧。
  2. ^ 『20世紀物故洋画家事典』(美術年鑑社、1997年)p.15
  3. ^ a b c 安倍栄作(あべえいさく)遺作絵画展 - 藤島民報2006年7月23日
  4. ^ 郷土の先人・先覚81 小貫博堂 - 庄内日報(1988年9月掲載記事)
  5. ^ 白甕社 - サントリー地域文化賞(サントリー文化財団)