宇野康秀

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宇野 康秀(うの やすひで、1963年8月12日 - )は、大阪市出身の実業家株式会社USENの取締役会長。株式会社U-NEXTの代表取締役社長。

人物、略歴[編集]

1963年大阪市に生まれる。父は、株式会社大阪有線放送社(株式会社USEN)創業者の宇野元忠清風中学校・高等学校明治学院大学法学部法律学科卒業。

起業することを前提に会社組織を勉強する目的で、1988年4月、リクルートコスモス(現 コスモスイニシア)に入社。1989年6月にリクルート出身のメンバーらと独立し人材派遣業・インテリジェンス(現 パーソルキャリア)を設立し、順調に会社規模を伸ばす。1998年当時インテリジェンスの社員であった藤田晋に対しサイバーエージェントの創業資金の支援を行い、2006年4月までサイバーエージェントの社外取締役を務める。

父の会社の経営を継ぐ気はなかったが、1998年7月に、父元忠が病で急逝したことにより、インテリジェンスの社長を辞め、大阪有線放送の社長となる。 同社は2000年には当時社会問題となっていた電柱使用問題を解決させ、2001年に大証ヘラクレスに株式上場。

2004年プロ野球再編問題や、2005年のメディア買収騒動で注目されたライブドアの堀江貴文らITベンチャー長者たちがヒルズ族として注目されると、ITベンチャー長者の年齢の少し上をいくヒルズ族の宇野は「ヒルズ族の兄貴分」と見られていた[1]

2006年3月16日には、個人でライブドア(現LDH)の発行済み株式12.75%(一株71円・総額95億円)を、ライブドアの第2位の株主であるフジテレビから譲り受けた。この時点で、ライブドアの筆頭株主である堀江貴文に次ぐ株主となり、同年6月14日に開かれたライブドアの臨時株主総会で、社外取締役に選任された(後に退任)。この株取得について、堀江貴文が弁護士を通じて「良かった」とコメントを残している。

2001年、平井堅米倉涼子らとともにベストドレッサー賞を受賞。

2005年4月無料動画配信GyaOを開始、同サービス内において、自身と他社の社長などとの対談を、「Real Business」として放映している。過去には、村上世彰、藤田晋、三木谷浩史などが出演した。特別編では、田原総一朗井上雄彦が出演した。

2007年~リーマンショックの影響で子会社株式の評価減が続き、USENは急速な財務圧縮へ。2010年6月にはUSENの連結売上高の30%を占める中核会社のインテリジェンスを325億円で譲渡した。同年11月16日にUSEN代表取締役社長を退任し、取締役も退任する形で経営の第一線から退き、新設されたUSENグループ会長に就任。また同年12月22日付けでUSENより、自身が代表取締役社長を務める株式会社U-NEXTの全発行済株式の譲渡を受けた[2]。株式会社U-NEXTは2014年12月に東証マザーズに上場。翌年2015年12月に東証一部へ市場変更。株式会社インテリジェンス、株式会社USENに次ぐ、3社目の株式上場を果たす。2016年2月にUSEN取締役会長に就任。

事業家以外でもトライアスロンや登山家としても活躍。2015年にトライアスロンの世界選手権大会の日本代表として選考され、近藤真彦とともに完走を果たす。また、登山では2013年7月にヨーロッパアルプス最高峰のモンブランの登頂に成功。2015年9月にはアフリカ大陸最高峰キリマンジャロの登頂にも成功。


受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 白馬の騎士のしたたかさ 読売ウイークリー2006年4月2日号
  2. ^ ニュースリリース 会社分割(簡易吸収分割)による当社子会社へのU-NEXT事業及び個人向け光回線等販売事業の承継並びに当該子会社株式の譲渡に関するお知らせ 株式会社USEN
  3. ^ 過去のMen of the Year受賞者たち【国内編】”. GQ JAPAN. 2014年11月21日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]