孫元一 (軍人)

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孫 元一
Sohn Won Yil before1960.jpg
生誕 1909年5月5日
Flag of Korea (1882-1910).svg 大韓帝国平安南道江西郡
死没 (1980-02-15) 1980年2月15日(70歳没)
大韓民国の旗 大韓民国ソウル特別市
軍歴  大韓民国海軍
最終階級 中将
除隊後 国防部長官
墓所 国立ソウル顕忠院将軍墓地
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孫 元一
各種表記
ハングル 손원일
漢字 孫元一
発音: ソン・ウォニル
ローマ字 Son Won-il、Sohn Won-yil
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孫 元一(ソン・ウォニル、손원일)は、大韓民国軍人外交官政治家。韓国海軍の父と呼ばれる。初代海軍参謀総長を務めた。後に潜水艦・孫元一の艦名となった。

人物[編集]

1909年5月、平安南道で孫貞道韓国語版の長男として生まれる。三・一運動後、中国に渡り1930年に上海の中国中央大学航海学科卒業。中国海軍部外国留学試験に合格してドイツの練習船に乗船。同年、父の葬儀のため帰国すると、警察に捕まり故郷の江西に服役し、翌年に出監[1]ハンブルクのアメリカ汽船会社に勤務した。1933年から上海海岸警備船及び商船に勤務。地中海、大西洋、インド洋、太平洋を回り、英語、ドイツ語、日本語、中国語の五か国語を覚えたという[1]

1945年8月16日、奉天から列車に乗り、ソウル駅に到着[2]。8月21日にはソウル街で海軍創設のための人員を募集する張り紙を貼っていたが、そこで同じような内容の張り紙を貼っていた鄭兢謨と出会った[1]。同じ日に合流した韓甲洙の3人で意気投合して海事隊を結成した[1]。海事隊を朝鮮海事報国団と統合して朝鮮海事協会に改称[1]。同年11月11日にソウル寬勳洞で海防兵団を創設した[1]。創立をこの日にした理由については、孫元一は「海軍は紳士であるべき」を信条にしており、「十一」を縦に書くと「士」になることに着目して、士が2つ続くことから、11月11日となった[1]

1946年1月には海軍兵学校を設立して校長となる。同年6月、海防兵団が朝鮮沿岸警備隊に改編されると総司令官に就任した。

1948年に韓国海軍が発足すると初代参謀総長となった。麗水・順天事件鎮圧の教訓から海兵隊の必要性を感じ、1949年4月に韓国海兵隊を創設。1949年に募金活動で12万ドルを集め、アメリカから戦闘艦4隻を購入。朝鮮戦争では多くの海上作戦の成功に寄与した。

李承晩は、陸海空ではなく、海陸空と呼び、最初に孫元一を大将に昇進させようとしたが、「船が一隻も無いのに大将となったら、全世界の海軍が笑うでしょう。将来、海軍が軍艦を持つことになれば大将階級を受けます」と断った[3][4]

1953年6月、申翼煕国会議長や白斗鎮財務部長官と共にエリザベス女王戴冠式に出席するため出国[5]プリマスで急遽帰国命令を受けて戻ると李承晩から国防部長官を引き受けるように言われた[5]。当時は李承晩の捕虜釈放で世界が騒然としていたため、それを鎮める目的で国防部長官となったが、結果的に3年も在籍し、戦争の後始末を引き受けた[5]

1965年7月14日、金弘壹金在春韓国語版朴炳権、朴圓彬、白善鎮宋堯讃張徳昌李澔曺興萬韓国語版崔慶禄ら予備役将軍と共に日韓基本条約の反対声明を発表[6]。デモによって学生と軍が衝突する中、翌8月27日には「国軍将兵に送る呼訴文」を発表[7]。国軍将兵が神聖な国土防衛の使命よりも執権者によって国民や国家の利益に反する目的で動員される悲しき事態に至ったとし、執権者たちを反民族行為者であり、民主主義に逆らう反国家行為者だと糾弾した[7]。また国軍将兵には、どんな状況でも愛国国民に銃を向けてはならないと訴えた[7]

2012年9月、大韓民国国家報勲処が「9月の6・25戦争英雄」に選定[8]

2013年11月、戦争記念館が「11月の護国人物」に選定[9]

2017年4月19日、妻の洪恩惠が死去[10]。21日に告別式が行われ、遺体は孫元一の墓の傍に埋葬された[11]

経歴[編集]

  • 1930年 中国国立中央大学航海学科(第3期)卒業
  • 1935年 船長免許取得
  • 1945年 帰国
  • 1945年8月 海事隊創設
  • 1945年11月 海防兵団長
  • 1946年1月 海軍兵学校(現海軍士官学校)初代校長
  • 1946年6月 朝鮮沿岸警備隊総司令官(海軍中領
  • 1947年1月 海軍大領
  • 1948年9月 初代海軍参謀総長
  • 1948年12月 海軍准将
  • 1951年 アメリカ海軍参謀総長の要請でアメリカの海軍省と海軍基地を視察
  • 1952年1月 海軍中将
  • 1953年6月 予備役編入、国防部長官就任、エリザベス女王戴冠式参列
  • 1954年 ワシントン韓米軍事経済会談代表
  • 1955年 韓米軍事援助会談代表
  • 1957年6月 駐西ドイツ公使
  • 1957年8月 駐西ドイツ大使
  • 1963年7月 在野政党統合推進委員会委員新党(国民の党)発揮準備委員
  • 1963年8月 国民の党企画委員会委員
  • 1963年11月 第6代国会議員(国民の党)落選
  • 1964年11月 民主党脱党
  • 1966年8月 戦線視察とベトナム派遣軍の慰問のためベトナム訪問
  • 1966年10月 アジア民族反共連盟第12次総会代表
  • 1967年 民主共和党入党、反共連盟理事、韓国在郷軍人会顧問
  • 1968年2月 郷土防衛諮問委員会委員
  • 1970年 大韓潤滑油社長
  • 1971年1月 反共連盟理事
  • 1971年8月 世界反共連盟総会出席、星友会顧問、国土統一顧問
  • 1972年2月 韓国弘報協会会長
  • 1972年3月 反共連盟理事長
  • 1972年4月 世界勝共大会出席
  • 1972年8月 第6回世界反共連盟総会代表
  • 1974年2月 韓国弘報協会会長再任、反共連盟顧問
  • 1976年、国際文化協会常任顧問

参考文献[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g “[6·25전쟁 60주년 특별기획] 白善燁이 만난 6·25전쟁의 영웅들 <下·끝>” (朝鮮語). 月刊朝鮮. (2010年6月). http://monthly.chosun.com/client/news/viw.asp?ctcd=&nNewsNumb=201006100050 2018年1月20日閲覧。 
  2. ^ “땅은 증명한다 〈5〉 손원일과 한국 해군 창설의 무대를 찾아” (朝鮮語). 月刊朝鮮. (2016年11月). http://monthly.chosun.com/client/news/viw.asp?ctcd=I&nNewsNumb=201611100034 2018年1月27日閲覧。 
  3. ^ “김국헌의 대한민국 장군 評傳〈下〉 軍의 ‘정치 중립’ 정립한 이종찬, ‘해군의 아버지’ 손원일, ‘공군의 건설자’ 장지량” (朝鮮語). 月刊朝鮮. (2015年12月). http://monthly.chosun.com/client/news/viw_r.asp?ctcd=e&nNewsNumb=201512100037 2018年1月19日閲覧。 
  4. ^ “[최보식이 만난 사람] 대한민국 해군 창설자 故 손원일 제독의 부인… '해군의 어머니' 홍은혜 여사[정정내용 있음]” (朝鮮語). 朝鮮日報. (2013年10月14日). http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2013/10/13/2013101301872.html?Dep0=twitter&d=2013101301872 2018年2月4日閲覧。 
  5. ^ a b c “(511)<제자 윤석오> - <제26화>내가 아는 이 박사 경무대 4계 여록(138) 손원일” (朝鮮語). 中央日報. (1972年7月15日). http://news.joins.com/article/1325995 2018年2月3日閲覧。 
  6. ^ “반공 목사들이 박정희에게 정면으로 반기 든 사연” (朝鮮語). 프레시안. (2014年10月25日). http://www.pressian.com/news/article.html?no=121248 2018年1月19日閲覧。 
  7. ^ a b c “각하들도 피하지 못한 내란의 추억” (朝鮮語). 한겨레. (2014年2月14日). http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/624234.html 2018年1月19日閲覧。 
  8. ^ 9月の6・25戦争英雄 孫元一海軍中将” (韓国語). 国家報勲処. 2015年11月11日閲覧。
  9. ^ 신재원 (2013年10月31日). “[11月の護国人物]海軍の父 孫元一提督” (朝鮮語). 헤럴드경제. http://biz.heraldcorp.com/view.php?ud=20131031000498 2015年12月31日閲覧。 
  10. ^ “'해군의 어머니' 홍은혜 여사 작고” (朝鮮語). 中央日報. (2017年4月19日). http://news.joins.com/article/21492036 2018年1月20日閲覧。 
  11. ^ “'해군의 어머니'故홍은혜 여사, 지상에서 영원으로” (朝鮮語). 헤럴드경제. (2017年4月21日). http://news.heraldcorp.com/view.php?ud=20170421000401 2018年1月20日閲覧。 
  12. ^ Shon Won-Yil”. Military Times. 2015年11月10日閲覧。

参考[編集]

公職
先代:
申泰英
大韓民国の旗 大韓民国国防部長官
第5代:1953.6.30 - 1956.5.26
次代:
金用雨
外交職
先代:
-
大韓民国の旗西ドイツ大韓民国大使
初代:1958 - 1960
次代:
全奎弘
軍職
先代:
-
大韓民国の旗 大韓民国海軍兵学校校長
初代:1946.1.17 - 1946.3.15
次代:
金一秉
先代:
-
大韓民国の旗 大韓民国海軍参謀総長
初代:1948.9.5 - 1953.6.30
次代:
朴沃圭