孝慎成皇后

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孝慎成皇后
清朝皇后
《孝慎成皇后朝服像》.jpg
《孝慎成皇后朝服像》
在位 道光2年11月16日 - 道光13年4月29日
1822年12月28日 - 1833年6月16日

別称 孝慎敏粛哲順和懿誠恵敦恪熙天詒聖成皇后
出生 乾隆55年5月17日
1790年6月29日
死去 道光13年4月29日
1833年6月16日
埋葬 慕陵
配偶者 道光帝
氏族 トゥンギャ(佟佳)氏
父親 舒明阿
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孝慎成皇后(こうしんせいこうごう、満州語転写:hiyoošungga olhoba šanggan hūwangheo、1790年6月29日 - 1833年6月16日)は、道光帝の2番目の正室、皇后。姓はトゥンギャ(佟佳)氏。

経歴[編集]

孝慎成皇后観蓮図

嘉慶13年12月(1809年1月)[1]、綿寧(後の道光帝)に嫁ぎ、継福晋(継妻)となった。女子を1人産んだ。

道光帝が即位した後、皇后に立てられた。道光13年4月29日(1833年6月16日)、薨去し、「孝慎」とされた。その後、夫の諡を重ねて「孝慎敏粛哲順和懿誠恵敦恪熙天詒聖成皇后」と加諡された。

女子[編集]

  • 端憫固倫公主

伝記資料[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『清仁宗実録』