嬉野雅道

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うれしの まさみち
嬉野 雅道
生誕 (1959-07-07) 1959年7月7日(61歳)
日本の旗 日本 佐賀県佐賀市
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京の大学
職業 テレビディレクター
プロデューサー
カメラマン
脚本家
活動期間 1995年 - 現在
雇用者 北海道テレビ
活動拠点 日本の旗 日本北海道札幌市
身長 179 cm (5 ft 10 in)
テレビ番組 水曜どうでしょう
モザイクな夜V3
のonちゃん
肩書き HTBコンテンツ事業室

嬉野 雅道(うれしの まさみち、1959年7月7日 - )は、日本テレビディレクタープロデューサーカメラマン脚本家YouTuber北海道テレビ放送(HTB)コンテンツ事業室所属。

略歴[編集]

1959年佐賀県佐賀市真言宗の寺に生まれる[1][2]血液型はA型。かに座。既婚。身長は179cm[3]

佐賀県の高校を卒業後、東京の大学へ進学するが中途退学[4][5]引きこもりになり7年半かけてを克服する[6]。その後は、若い頃から黒澤明に傾倒しており、映画が好きだったため、フリーの映像ディレクターとなり、企業のプロモーションビデオ監督や独立映画プロダクションの映画の助監督を手がける。

東京でフリーの映像ディレクターとして活動後の1996年北海道好きの妻に連れられて北海道に渡る。札幌でmiruca(エイチ・テー・ビー映像)のディレクターの職に就き、『水曜どうでしょう』の前身番組『モザイクな夜V3』を演出。これが彼にとって初のTV作品となる。その後、HTBの社員ディレクターで、『モザイクな夜V3』のディレクター陣の一人でもある藤村忠寿と組み、1996年秋に『水曜どうでしょう』を立ち上げ、サブディレクター兼ビデオカメラ担当となる。HTBで制作されたテレビドラマ舞台脚本も執筆したことがある。

2010年4月1日付けでmirucaからHTBに移籍。藤村と共にコンテンツ事業室に異動する事になった(公式日記で発表)。2019年2月18日に藤村忠寿と共にYouTube藤やんうれしーの水曜どうでそうTV」を始める。2019年7月7日には還暦を迎え、東京都江戸川区総合文化センターで記念イベントを実施した[7]。還暦に伴ってHTBを定年退職し、2020年現在は嘱託として同社に籍を置いている。

趣味はカメラ(スチルカメラ)と歴史。カメラ好きが高じて、ロケ中に自ら撮影した写真をまとめて『水曜どうでしょう写真集』として発売。写真家撮影技師の両方の肩書きを持つカメラマンでもある。 結婚前に彼の妻がオートバイで日本一周したことがあるという話を聞き、新婚旅行を「オートバイで日本一周」にしてしまった。しかし、彼自身は自動二輪の免許を持っていないためタンデム(二人乗り)での日本一周であった(後に夫人がその旅の情景をバイク雑誌『ツーリングGOGO』に投稿し、数ヶ月間連載された)。好きな食べ物はカレーライス[2]

『水曜どうでしょう』のディレクターとして[編集]

  • 最初の企画「サイコロ1」で「カメラクルーを連れて行くにも金がかかる」と悩んでいた藤村Dに「大学時代に自主制作映画を作ったことがあり、デジカムを回すことなら自信があるから任せろ」とカメラ役を買って出たのが、彼が『どうでしょう』のカメラマンとなったきっかけである。『どうでしょう』第1回の収録時、本番直前まで家庭用デジタルビデオの説明書を熟読していた[8]。番組公式BBSでも、「私は素人」とか「(YOSAKOIのような)鬼気迫る映像は撮れない」との発言をしている。
  • 番組内ではカメラ撮影をするため口数が少ないが、カメラを回していないときは会話しており、おしゃべり好きである。大泉に企画がばれないよう、鈴井&藤村、大泉&嬉野のコンビでホテルに泊まることが多く、大泉は「嬉野Dと遅くまでおしゃべりすることが旅の楽しみ」と話している。
  • レギュラー放送後半になると出演者を撮影せずに風景ばかり撮影することも多くなった。このことについて、カメラを回したまま寝てしまい出演陣の会話をBGMにただただ車窓からの風景が撮れていた事があり、それが良かったから使い始めた(ただし番組の編集は主にチーフディレクターの藤村Dが行なっている)のが最初という主旨の発言をしている。また、撮影では主に、ドラマや映画で用いられる、小津安二郎のロー・ポジションからのアングルを意識しているという[9]
  • 番組グッズとして彼がロケ中に撮影した写真を収めた写真集を2冊刊行した。特に2003年発売の第2弾では写真データを一枚一枚ネガから取り込んだり、印刷用紙に当時絶版となっていた「ミルトGA」(日清紡)を使うよう要望したりした。これを受けて、当時プロデューサーだった四宮康雅は実際に日清紡にかけあって(生産ロット全量引き取りを前提に)「ミルトGA」を再生産させている。なお、のちに日清紡は製品ラインアップに「ミルトGA」を復活させている(2009年の持株会社制移行、2017年の子会社譲渡に伴い、現在はダイオーペーパープロダクツが「ミルトGA・スピリット」として製造・販売)。
  • 前述の通り写真が趣味であり、自身がカメラを回さない前枠・後枠(オープニング・エンディング)の撮影時には扮装している出演陣をカメラに収めている。これが写真集第2弾の素材となっている(写真の枚数で言えば4,500枚からまず1,500枚を選び、そこから更に600枚に絞り込んだ)。
  • 番組では「うれしー」、特に藤村Dから「(嬉野)先生」、大泉から「嬉野くん」と呼ばれる。
  • 日本国内のカブ企画では前述のようにオートバイで日本一周したことがある妻がルートを考案したほか、原付ベトナム横断では妻とのツーリングを通じて得た、ニーグリップを鈴井のカブの後ろに乗った際に駆使し、撮影した。
  • 2007年には、監督の高坂希太郎がどうでしょうファンであることと大泉が主演していることが縁で、OVA『茄子 スーツケースの渡り鳥』に藤村とともに声優として出演した。
  • 2011年放送の「原付日本列島制覇」では、自身が病み上がりということもあって、デジカムの撮影は別のスタッフ(四国R-14や『ミエルヒ』のカメラも担当した鈴木武司)が行い、自身はフィルムカメラの撮影に徹し、会話もいつも以上に参加した。また「ヒラ・ディレクター」の表記はDVDで行われたのが最初で、対談本『腹を割って話した』において本人の希望により藤村に内緒で追加した、と明かしている)。
  • 2016年に放送を開始した、onちゃんが道内各地を旅するHTBの小番組「のonちゃん」の題字及びナレーションを担当[10]
  • HTBのホームページ内において、藤村忠寿とのファンコミュニティ「藤やんとうれしー」が開設されている。


担当番組[編集]

脚本[編集]

  • テレビドラマ「四国R-14」 (2000年、HTB) 脚本
  • 舞台「水曜天幕團旗揚げ公演『蟹頭十郎太』」(2003年)脚本

DVD[編集]

映画[編集]

連載[編集]

  • 月刊Blu-ray&DVD Express(AVエクスプレス社) 「観る・思う・考える・書く」
  • 電撃ゲームス「藤やん・うれしーの悩むだけ損!」

著書[編集]

出演[編集]

テレビ[編集]

#24、#25にゲスト出演後、#28からは毎回出演。

動画番組[編集]

嬉野初の冠番組。嬉野が車で移動しながら、映画やそれにまつわるエピソードなどの自らが感じた想いを語る、アクトビラ初のオリジナル制作番組である。

アニメ[編集]

舞台(講談)[編集]

2015年

  • 藤村源五郎一座『人斬幕末伝』4月東京、6月大阪、7月札幌公演
  • 藤村源五郎一座『戦国褌列伝』12月仙台、大阪公演

2016年

  • 藤村源五郎一座『戦国褌列伝』4月東京公演
  • 劇団イナダ組『亀屋ミュージック劇場』5月札幌、東京公演 - 今まで講談師として舞台に上がっていたが、「亀屋ミュージック劇場」にて自身初の演技を行う。俳優デビュー作である。

テレビドラマ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 水曜どうでしょう嬉野ディレクター、60歳で辿り着いた人生の心構えBuzzFeed Japan(2019.7.7)2019.7.7access
  2. ^ a b どうでしょう本第2号
  3. ^ 『NOォォォォ(°Д°)』” (日本語). 打首獄門同好会&水曜どうでしょう至上主義. 2020年3月1日閲覧。
  4. ^ 嬉野雅道 流されるままにたどり着いた『水曜どうでしょう』という岸辺【前編】マネたまインタビュー「失敗ヒーロー!」2020年1月15日(2020年4月18日Lastaccess)
  5. ^ 「世間に居場所がなかった。でも…」水曜どうでしょう嬉野ディレクター、60歳で辿り着いた人生の心構え(インタビュー).buzzFeed.News2019年07月07日(2020.4.18Lastaccess)
  6. ^ 『水曜どうでしょう』“うれしー”こと嬉野雅道Dが、7年のうつで悟った人生哲学” (日本語). 週刊女性PRIME. 2020年3月1日閲覧。
  7. ^ 水曜どうでしょう・うれしー還暦!「暦が還ってもどうでしょうします!〜うれしー60でした〜(仮)」” (日本語). LivePocket-Ticket-. 2020年3月1日閲覧。
  8. ^ 原付ベトナム縦断1800キロ」で大泉洋が明かした話と『水曜どうでしょうDVD全集』第2弾ブックレットでの藤村Dの解説文より
  9. ^ 大泉洋著『大泉エッセイ 〜僕が綴った16年』「2013 大泉洋、40歳、書き下ろし 『水曜どうでしょう』について」 より
  10. ^ 巷のonちゃん - HTB北海道テレビ
  11. ^ うれしのまさみちの ま”. actvila.jp. 2020年2月21日閲覧。

関連本・参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]