婦好

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殷墟の婦好墓

婦好(ふこう)は第23代王武丁の妻子の一人。名はは一種の親族呼称であり、諡号は母辛、姓氏は不詳。中国史に登場する最初の女性政治家、軍事家[1]。。

武丁の在位中は周辺国家・部族に対し戦闘が行われており、婦好も数多く兵を率いて出兵した。巴方、土方、夷方などの征伐におもむき、羌人征伐のときには13,000もの軍勢を指揮している。また、祭祀を担当し、祭天、祭祖先、祭神泉などの儀式を執り行った。武丁の寵愛を受け封地を冊封されている他、婦好に関する甲骨卜辞は170件以上にものぼる。

甲骨文字には武丁が婦好の懐妊に際し男児か女児かを占った内容のものが残されている。

武丁に先立ち死去した婦好は殷墟の宮殿宗廟区内にある婦好墓河南省安陽市)に埋葬された。殷王族の墓の中では唯一盗掘をまぬがれ、1976年に発見された。墓内からは婦好が軍事権を握っていたことを示す鉞や、殷代には珍しい銅鏡、方鼎や長方彜など1,928件の文物が出土している。

関連項目[編集]

  • ^ 落合淳思は『殷─中国史最古の王朝』(中公新書,2015)において、武丁の側室であった「婦好」(女性)とは別に地方領主の称号としての「婦好」(男性)が存在し、軍事や政治に参与したのは女性の「婦好」ではなく、男性で地方領主の「婦好」のほうであった、という説を主張している。