姿三四郎

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姿三四郎』(すがたさんしろう)は、富田常雄長編小説

概要[編集]

柔道創成前後の明治時代を背景に、実在の人物をモデルとした柔術家・柔道家および実在の政治家ら(谷干城伊藤博文井上馨など)をおりまぜた登場人物により、さまざまな人間模様、柔術・柔道等の戦い、歴史的事件をとりまく人々などを描く。

主人公の姿三四郎は会津に生まれ、明治15年、17歳で上京した。これは実在の柔道家で講道館四天王の一人、西郷四郎の来歴と全く同じであり、西郷がモデルだと言われる。

三四郎は学士の矢野正五郎(やはり講道館柔道の創設者、嘉納治五郎がモデル)の柔道場に入門し、天才児と言われた。他の柔術家やボクサー空手(唐手)家などに勝利しつつ、人間として成長してゆく。得意技は山嵐良移心当流の柔術家村井半助との試合、右京が原での檜垣源之助との決闘、峰の薬師での檜垣鉄心・源三郎兄弟との決闘、「すぱあら」(ボクシング)のウィリアム・リスターとの他流試合、砲兵工廠・回向院(えこういん)での琉球人の間諜との格闘、西日本を代表する柔術家津久井譲介との格闘などが有名で、峰の薬師の決闘の地には石碑も建てられた。

今日までに多数の映画、テレビドラマ、漫画作品の原作となり、後の柔道を扱った作品に大きな影響を与えている。また、柔道界で小柄でありながら大きな選手を相手に活躍した選手に「三四郎」とニックネームをつけて呼ぶのは、この作品から取ったものである(重量級の山下泰裕などは「三四郎」とは呼ばれない)。

連載形態[編集]

1942年9月に錦城出版社から『姿三四郎』が(〈巻雲の章〉から〈碧落(へきらく)の章〉まで)、1944年7月に増進堂から『続・姿三四郎』が(〈すぱあらの章〉から〈一空の章〉まで)出版され、それらの好評のあとを受けて1944年から東京新聞に連載された『柔(やわら)』には、〈不惜の章〉から〈明星の章〉までを、1945年に同紙に掲載した『続・柔』には〈琴の章〉から〈落花の章〉までを含んでいた。それに『姿三四郎』の前史にあたる『明治武魂』(〈生死の章〉までを含む)を加え、今日見られるような形にまとまった。『明治武魂』は1944年に大阪新聞に連載されたものである[1]

全体の構成[編集]

  • 序の章
  • 天狗の章
  • 佳人の章
  • 生死の章
  • 巻雲の章
  • 四天王の章
  • 流水の章
  • 碧落(へきらく)の章
  • すぱあらの章
  • 愛染(あいぜん)の章
  • 有縁(うえん)の章
  • 一空の章
  • 不惜(ふしゃく)の章
  • 鏢(ひょう)の章
  • ひとくきの章
  • 明星の章
  • 琴の章
  • 女怨(じょえん)の章
  • 落花の章

映像化作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

【声の出演】
【スタッフ】
【声の出演】
【スタッフ】

漫画[編集]

  • 「少年姿三四郎」作者:富永一朗 (1954年 − 1955年、全5巻、発行:きんらん社) ※1954年の東映映画「少年姿三四郎」とのタイアップ企画
  • 「姿三四郎」作者:奥田邦夫 (「少年画報」 1970年4号 − 8号に連載) ※竹脇無我主演のテレビドラマ「姿三四郎」とのタイアップ企画
  • 「姿三四郎」作者:みなもと太郎 (1972年「週刊少年マガジン」に連載)
  • 「姿三四郎」作者:本宮ひろ志 (1976年 - 1977年「週刊少年マガジン」に連載)
  • 「風の柔士」作者:真船一雄 (2002年「週刊少年マガジン」に連載) ※主人公(矢野浩)は三四郎の師匠の矢野正五郎

テレビCM[編集]

「三四郎」と呼ばれた柔道家[編集]

  • 木村政彦 : 作者の富田常雄は、「木村の前に木村無く、木村の後に木村無し」とその強さを称賛している。
  • 岡野功  : 中量級の世界王者が、体重無差別の全日本選手権で重量級を破り二度も優勝した。
  • 山口香  : 「女三四郎」。日本の女子柔道の中興の祖ともいえる存在。
  • 古賀稔彦 : 「平成の三四郎」と称えられた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「姿三四郎 下巻」、富田常雄著、新潮社(1973)の「解説」(1973年6月尾崎秀樹執筆)