姫島 (長崎県)
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| 姫島 | |
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国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成(1977年) | |
| 所在地 |
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| 所在海域 | 東シナ海 |
| 座標 | 北緯32度48分23.01秒 東経128度40分42.63秒 / 北緯32.8063917度 東経128.6785083度座標: 北緯32度48分23.01秒 東経128度40分42.63秒 / 北緯32.8063917度 東経128.6785083度 |
| 面積 | 0.46 km² |
| 最高標高 | 197 m |
姫島(ひめしま)とは、長崎県五島市にある無人島である。以前は300人を越える人が住んでいた。
概要[編集]
福江島の柏崎(五島市三井楽町柏)の北約2.4kmにある。外海に面した北側には鋭い海食崖が発達し、南側は傾斜地で平地がほとんどない。
定住者がいた頃は、島の南側に集落があり、テングサ・ノリの採取や、キビナゴ・エビなどの採集を行い、農閑期には家船による追い込み漁などで生計を立てていた。
伝承[編集]
岐宿の住民がこの島へツワを取りに行ったところ嵐に遭い、「ひめ」という名の女性だけが取り残されてしまった。この島には貝しか食べるものがなく、ひめは貝を口にしたまま絶命し、姫島の名が付けられたという。
歴史[編集]
- 島への定住は、寛政9年(1797年)に大村藩から五島各地へ移住した際のが始まりとされ、全員がキリシタンだった。
- 明治に入って開拓定住が進み、人口も300人を超えたという。
- 明治22年(1889年)には岐宿小学校姫島分校が建てられた。(戦後は中学校も併置)
- 大正7年(1918年)にはステンドグラスを使った姫島天主堂も建てられた。(現存せず)
- 大正10年(1921年)から昭和10年(1935年)まで、三井楽町柏港から週3便の定期船「神崎丸」が走っていた。
- 第二次世界大戦が終結した昭和20年(1945年)には人口132人、戦後の昭和30年(1955年)には人口81人を数えたが、次第に高齢化が進行した。
- 昭和34年(1959年)には15人がブラジルへ移住した。
- 島に波止場がないことなどから船も出せなくなり、昭和40年(1965年)12月に7世帯38人が島を去って無人島化した。
- 島に暮らしてきた人たちの信仰は大変厚く、昭和62年(1987年)には福江島の三井楽教会墓地内に先祖の墓を移し、石碑「各地に広がる姫島の 信仰の礎」が建立されている。
参考文献[編集]
- 『日本の島ガイド SHIMADAS(シマダス)』第2版、2004年7月、財団法人日本離島センター、ISBN 4931230229
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