如意寺 (京丹後市)

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如意寺
Nyoi-ji Temple in Kyotango city.jpg
所在地 京都府京丹後市久美浜町1845
位置 北緯35度36分35.96秒
東経134度53分21.79秒
山号 宝珠山
宗派 高野山真言宗
本尊 十一面観音菩薩
創建年 (伝)天平年間
開基 (伝)行基
別称 日切のお不動さん
札所等 関西花の寺二十五カ所7番
丹波西国第7番
公式HP 如意寺
法人番号 1130005011350
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如意寺(にょいじ)は、京都府京丹後市にある、高野山真言宗寺院である。関西花の寺二十五カ所の第7番である。

歴史[編集]

寺の縁起によれば、天平年間(8世紀)、行基が当地に滞在していた時、山上より霊火が出て海に入り、また海より出て山に昇る奇瑞を見て、漁師に網を引かせたところ、如意宝珠が得られたという。そこで行基は伽藍を建立して如意宝珠を納め、宝珠山如意寺と号したとされる[1]。本尊は行基の一刀三礼三年と伝えられる十一面観世音菩薩である。 鎌倉時代後期の永仁3年(1295年)、伏見天皇は正四位行左馬頭藤原定成を勅使として「如意寺」の勅額を下賜した[2]。当時は寺領500石、院家十二坊の伽藍を有していたが、応永34年(1427年)の兵火で多くを焼失した。しかし、戦国期の天文、江戸時代の寛文寛延寛政、また明治後期に復興事業が行われ、今日に至っている。現在の伽藍は、1963年(昭和38年)より旧地の観音山(久美浜湾西岸)から末寺大円寺跡である飛地境内地に順次移転したものである。

行事[編集]

  • 1月1日〜3日 - 新年初詣
  • 2月3日 - 節分星供養会
  • 4月1日 - 日切不動尊大祭
  • 8月9日 - 千日会
  • 毎月1日 - 一日護摩

文化財・建築物など[編集]

文化財[編集]

  • 木造阿弥陀如来坐像 - 持仏堂本尊、一木割矧造、寺伝に恵心僧都作というが、実際の制作は鎌倉時代。京丹後市指定文化財。[3]
  • 木造金剛力士像 - 鎌倉時代。阿吽一対の仁王像。京丹後市指定文化財。[4]
  • 勅額 - 永仁3年(1295年)8月、伏見天皇勅使の藤原定成の銘がある。京都府指定有形文化財。
  • 鰐口 - 如意寺の鎮守である白山宮の銘あり。
  • 両界曼荼羅図 - 絹本着色図一対。江戸時代初期。

建築物[編集]

  • 本堂 - 1670年(寛文10年)、1791年(寛政3年)に改築の記録がある。1918年(大正7年)、大雨で倒壊。現存の堂は1927年(昭和2年)、当時の様式そのままに再建されたもので、昭和51年解体修理し移築された。本尊十一面観音立像は秘仏で、像高二尺八寸の一木造。行基作の寺伝があり、眼守護の利益(りやく)があるという。1918年に本堂裏山が崩れた際、高さ一尺四寸三分の銅尖塔が出土した[5]
  • 不動堂 - 1984年(昭和59年)、中村淳治により新改築。和様・禅宗様・大仏様の三様を折衷した重層宝形造である[6]。「空海の爪彫り」と伝える石造不動明王像(日切不動)を安置する。
  • 仁王門 - 1953年(昭和28年)、1976年(昭和51年)、古い様式をとどめたまま修理された。
  • 六角堂(絵馬堂) - 1983年(昭和58年)、中村淳治の設計施工により新築された。

その他[編集]

  • 閼伽井の水 - 境内に湧出する。眼病・諸病に効くとされる。

境内で見られる花[編集]

年間、約300種の花木や山野草が見られる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、p.838
  2. ^ 如意寺木造扁額(京丹後市サイト)(2013年6月2日閲覧)
  3. ^ 木造阿弥陀如来坐像(京丹後市サイト)(2013年6月2日閲覧)
  4. ^ 木造金剛力士像(京丹後市サイト)(2013年6月2日閲覧)
  5. ^ 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、p.838
  6. ^ 寺では「重層宝形造」と称しているが、建築様式・構造からは「二層塔」ないし「二重塔」と称すべきものである。

参考文献[編集]

  • 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、平凡社、1981
  • 如意寺パンフレット

アクセス[編集]

外部リンク[編集]