女川湾

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崎山展望台より望む女川湾(2004年9月20日)

女川湾(おながわわん)は、日本東北地方宮城県中部の東側にある三陸リアス式海岸の南部に所在する牡鹿半島の基部に位置し[1]、東側に開けて太平洋と結ばれている。 現代の行政上は、宮城県牡鹿郡女川町の大貝埼と同町の赤根埼を結ぶ線および陸岸によって囲まれた海域を指す[2]

湾は二又に分かれており、南側の支湾は五部浦湾(ごぶうらわん)と呼ばれる。北側の湾奥には日本の主要漁港の一つに数えられる女川漁港女川港の主要部)があり、女川町の市街地がある。

女川町域と共に三陸復興国立公園に属する地域である[3]日本におけるワカメ養殖漁業の発祥地である[要出典]

基本データ[編集]

国際エメックスセンターによる、女川湾の基本データ(2009年時)[2]

概要[編集]

湾内ではギンザケを始め、アワビウニカキホタテガイホヤなどの養殖漁業が行なわれており[4][1]、また、ワカメの養殖では日本における発祥地として知られている[要出典]

女川湾は、最大水深36m[2]と比較的水深が深く、宮城県に寄港する大型船舶の碇泊地になることが多かった[5]。なかでも、塩釜港石巻港浚渫整備される以前は、大日本帝国海軍艦船の入港が多く、商港の整備に当たって、軍港誘致の請願が行われたことがある[5]

第二次世界大戦中には、東北地方太平洋岸の防空対潜任務のため、岩手県の「山田湾航空基地隊」、同地の「北三陸部隊」とともに、横須賀鎮守府隷下の「女川防備隊」が設置され、艦艇が配置された[6]

第二次世界大戦末期の1945年昭和20年)8月9日には連合国イギリス海軍機動部隊所属機による空襲があり、大日本帝国海軍艦艇7隻(海防艦2隻、掃海艇1隻、駆潜艇1隻、特設艦船2隻、小型タンカー1隻)が撃沈された[7][6]国道398号線沿いの崎山展望台付近(やや下ったところ)に慰霊碑が建てられている。一方、連合国側の損害は空母フォーミダブル」に所属する戦闘機F4U コルセアおよび戦闘機スーパーマリン・シーファイアの各1機のみで、撃墜されて湾内と隣接する山地に墜落した。このうち、F4Uの操縦士であったカナダ海軍ロバート・ハンプトン・グレー大尉は、第二次大戦最後のカナダ人戦死者となった[8]。グレー大尉はこの戦闘での功績によりヴィクトリアクロス勲章が授与された。グレー大尉の記念碑は女川町地域医療センターの敷地内に設置されている[8]。なお、シーファイアの操縦士は脱出して捕虜となった。

2011年平成23年)3月11日には、東北地方太平洋沖地震が引き起こした大津波が女川湾に押し寄せた。 港湾空港技術研究所の調査によれば、津波の最大波高(浸水高[注 1])は女川漁港の消防庁舎で海抜14.8mを記録[9][10]。女川町は検測所が流失するほどの津波に襲われ、市街地は壊滅した。女川湾に係る水産業と港湾事業(女川港の事業)にも大きな打撃をもたらした。

脚注[編集]

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  1. ^ 津波発生時の海面から、陸上部の津波の浸水面までの高さ。

出典[編集]

  1. ^ a b 23 女川湾 (PDF)”. (公式ウェブサイト). 国際エメックスセンター. 2011年6月15日閲覧。
  2. ^ a b c 日本の閉鎖性海域”. (公式ウェブサイト). 国際エメックスセンター (2009年3月25日). 2011年9月1日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年6月15日閲覧。
  3. ^ 栗駒/南三陸金華山/蔵王/男鹿”. 国定公園ガイド(公式ウェブサイト). 国立公園協会 (2008年). 2011年6月15日閲覧。[リンク切れ]
  4. ^ 魅力めぐり 中心街 - 観光案内”. (公式ウェブサイト). 女川町観光協会 (2010年). 2011年6月15日閲覧。
  5. ^ a b 女川町誌。
  6. ^ a b 女川防備隊”. 愛国顕彰. 個人 (2009年12月23日). 2011年6月15日閲覧。
  7. ^ 大内(2009)
  8. ^ a b 女川湾で戦死 カナダ軍大尉を追悼 | 河北新報オンラインニュース
  9. ^ 東北地方の港湾における被災状況について(現地調査速報)(平成23年東北地方太平洋沖地震)”. (公式ウェブサイト). 港湾空港技術研究所 (2011年3月23日). 2011年6月4日閲覧。
  10. ^ “大船渡の津波23.6メートル 昭和三陸地震に匹敵”. 47NEWS (全国新聞ネット). (2011年3月23日). http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032301001157.html 2011年6月5日閲覧。 

参考文献[編集]

関連項目[編集]

座標: 北緯38度25分7秒 東経141度29分1秒 / 北緯38.41861度 東経141.48361度 / 38.41861; 141.48361