奥村晴彦

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奥村 晴彦
(おくむら はるひこ)
Haruhiko Okumura 20130506.jpg
生誕 1951年8月
日本の旗 京都府京都市
国籍 日本の旗 日本
教育 名古屋大学理学部卒業
名古屋大学大学院理学研究科
博士前期課程修了
業績
専門分野 計算機科学
勤務先 松阪大学
三重大学
成果 LZARI法の開発
TeXの普及・啓蒙
受賞歴 プラズマ・核融合学会
貢献賞
2007年
情報教育シンポジウム
プレゼンテーション賞

2011年2013年
山下記念研究賞2012年

奥村 晴彦(おくむら はるひこ、1951年8月 - )は、日本工学者計算機科学)。学位博士(学術)総合研究大学院大学1999年)。三重大学教育学部教授・高等教育創造開発センター教授・総合情報処理センター教授。

松阪大学政治経済学部教授、松阪大学政策学部教授、核融合科学研究所客員教授、三重大学学長補佐(情報担当)などを歴任した。

概要[編集]

京都府京都市出身の計算機科学者である。学生時代から『月刊マイコン』などに投稿するなど、若いころから既に知られた存在であった。高等学校数学教師を経て、松阪大学政治経済学部教授、松阪大学政策学部教授、三重大学教育学部教授、三重大学学長補佐(情報担当)などを歴任した。日本におけるTeXの第一人者であり、その普及に尽力している。また、圧縮アルゴリズム「LZARI法」を開発したことで知られている。このアルゴリズムをもとに吉崎栄泰が「LHA」を開発、この圧縮形式は世界中に普及している。近年では、Excel方眼紙などの問題点について論じた「ネ申Excel問題」でも知られている。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1951年に生まれ、京都府京都市にて育った。名古屋大学に進学し、理学部物理学科にて学んだ[1]1975年、名古屋大学を卒業した[1]。その後、名古屋大学の大学院に進学し、理学研究科にて学んだ[1]1978年、名古屋大学大学院の博士前期課程を修了した[1]。なお、後年、総合研究大学院大学より博士(学術)学位を取得している。1978年より、神奈川県高等学校にて、教諭として教鞭を執った[1]

研究者として[編集]

1992年4月松阪大学に転じ、政治経済学部にて助教授に就任した。政治経済学部においては、主として政治経済学科の講義を担当した。また、文部省核融合科学研究所との共同研究に従事した[1]。そのほか、三重県総合教育センターにて、データベース作成委員会の会長やデータ審査委員会の副会長を務めるとともに、三重県MIEマルチネットワーク懇話会の委員を務めた[1]1999年10月、松阪大学の政治経済学部にて教授に昇任した。翌年4月、松坂大学の政治経済学部が改組され政策学部が発足したことから、その教授に就任した。新エネルギー・産業技術総合開発機構からの再委託研究や、科学技術振興事業団からの委託研究に従事した[1]。また、2000年度から2002年度まで、および、2003年度に核融合科学研究所にて共同研究員を兼任した[1]。ただし、核融合科学研究所は、2001年より文部省から文部科学省に移管されている。そのほか、大学入試センターでは、教科科目第一委員会の委員を務めた[1]

2004年4月三重大学に転じ、教育学部教授に就任した[1]。並行して、2009年4月1日から2012年3月31日にかけて、三重大学の大学院にて、地域イノベーション学研究科の教授を兼務した[1]2007年4月1日には三重大学の学長補佐(情報担当)に就任し、2015年3月31日まで務めるなど[1]、学内の要職を歴任した。また、2005年4月1日自然科学研究機構に移管された核融合科学研究所にて客員教授を兼任することになり、2007年3月31日まで務めた[1]。そのほか、亀山市教育委員会にて中高連携推進事業検討委員を務めるとともに、三重県住民基本台帳カード活用計画策定委員会の座長や三重県住民基本台帳カード活用方策研究会の委員を務めた[1]

現在は、三重大学の教育学部にて教授として教鞭を執るとともに、三重大学の高等教育創造開発センターの教授と総合情報処理センターの教授を兼務している[2]

研究・業績[編集]

パソコン通信
学生時代より、黎明期にあったパーソナルコンピュータ(当時は、マイコンと呼ばれた)誌の論客として知られ、アルゴリズム関連の記事等を投稿していた。パーソナルコンピュータ誌に掲載されたパソコン通信サービスを活用して記事の投稿等ができないか?と考え、黎明期にあった PC-VAN に入会。その後、SIG(各社によって呼び名は異なる。Nifty ではフォーラム、AOL では room などと呼ばれる)と呼ばれる、各テーマ毎の掲示板システムが会員による管理制になったときから、以下のような活動を始める。
彼は NEC のパソコン通信サービス PC-VAN の SIG SCIENCE 主催者であった[3]。SIG SCIENCE は1986年10月7日発足[3]。以来、PC-VAN では2000年11月29日に閉鎖したあとも、彼の運営サイトに場を移し2004年3月まで掲示板として運営されていた。それ以降も別人の手で SIG SCIENCE は運営されている。
LZARI法
彼は LHA の基になるアルゴリズム LZARI 法 (LZSS + ARITHMETIC CODING) を開発し、PC-VAN 上で発表した[3]。LHA 開発の経緯は彼の運営するサイトに「データ圧縮の昔話」として詳しい話が掲載されている(アルゴリズム開発においては、PC-VAN 上で知り合った、益山健、三木和彦との議論による。それを基にして開発したのが、吉崎栄泰の LHarc、その後改良が行われ、LHA となる)。
TeX
彼はまた、日本での TeX の普及も図っている。彼の運営するサイトには日本の TeX に関する情報がほとんど集結しているといってもよいぐらいである(ポータルなリンク集もある)。同サイトの TeX 掲示板には、さまざまな Q & A が埋もれており、結構な規模のデータベースと化している。
彼が、キャラクタベースのパソコン操作に慣れていないWindows TeX ユーザ(となるはずの人々)のために自身の著書『LaTeX2ε 美文書作成入門(改訂第4版まで)』において GUITeX統合環境として WinShell を紹介したことにより WinShell の普及を図っていると半ば誤解されている。同書の改訂第5版では、従前の Winshell ではなく、W32TeX にも同梱されているTeXWorks が紹介されるようになった。
彼の運営サイトは PukiWiki によるウィキ化がすすめられており、コメントや直接の書き換えなどにより、情報の共有が容易なものになっている(前述の TeX 掲示板から FAQ などがフィードバックされることもある)。
ネ申Excel問題
コンピュータ活用の書類の作成等においても、科学的な視点から提言を行っている。
業績に対する評価
プラズマ・核融合学会では電子化グループに参画しており、学会のソフトウェア構造設計事務処理作業英文電子ジャーナル編集作業のオンライン化に取り組んだ[4]。こうした活動が「学会の基本的な機能の改善において果たした貢献は非常に大きなものがあり,貢献賞に値する」[4]と評価され、2007年11月のプラズマ・核融合学会の年会にて、米田仁紀富岡智山本孝志とともにプラズマ・核融合学会貢献賞を受賞した[4]。また、2011年の情報教育シンポジウムにて、東日本大震災における情報通信技術の利点や問題点を分析し「大震災で見えてきた情報教育の課題」と題して発表した。この研究発表は「高い教育効果が期待できるすばらしい内容であり、世の中への貢献度も高い」[5]と評価され、情報処理学会より山下記念研究賞を受賞した[6]

人物[編集]

オープン運動
多くのコンテンツを「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示」のライセンスの下で公開している[7]。ただし、全てのコンテンツを一律「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示」で公開しているわけではなく、写真などは撮影対象に事前に確認したうえで、適宜ライセンスを変えて公開している。たとえば、逓信総合博物館の写真については、同博物館に事前に意向を確認し「撮影は一部のものを除きOKとのこと。個人的にブログなどにアップするのはかまわないが、それ以上の使い方をする場合は問い合わせてくれとのこと」[8]との説明を附し、それに応じたライセンスにて公開している。また、ウィキペディアンでもある[9]
思想・信条
2013年、参議院議員通常選挙において、日本共産党に投票を行う予定であることを自身のTwitter上で表明した[10]。また、「東京で山本太郎が当選して鈴木寛が落選したら日本の科学の未来は危ういと思う」[11]と発言し、山本太郎を批判する傍ら、「もちろん自民が落ちて山本太郎と鈴木寛がともに当選すればいいのですが」とし[12]、山本太郎を批判しつつも、それ以上に反自民党の立場を取っている。また、護憲派の立場を取っている。

略歴[編集]

賞歴[編集]

著作[編集]

著書[編集]

  • 『パソコンによるデータ解析入門: 数理とプログラム実習』 技術評論社 1986年10月
  • 『コンピュータ・アルゴリズム事典』 技術評論社 1987年10月 (Pascal サンプルコード付)
  • 『C言語による最新アルゴリズム事典』 技術評論社 1991年2月 (上記のC版+項目増加版)
  • 『LaTeX 美文書作成入門』 技術評論社,1991年12月
  • 『LaTeX 入門――美文書作成のポイント』(監修・共著)技術評論社 1994年12月
  • 『LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 1997年9月
  • 『[改訂版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2000年11月
  • 『Java によるアルゴリズム事典』 技術評論社 2003年5月
  • 『LHA と ZIP:圧縮アルゴリズム×プログラミング入門』 ソフトバンク 2003年12月
  • 『[改訂第3版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2004年2月
  • 『[改訂第4版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2006年12月
  • 『[改訂第5版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2010年7月
  • 『[改訂第6版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2013年10月
  • 『Rで楽しむ統計 (Wonderful R 1)』 共立出版 2016年9月
  • 『[改訂第7版]LaTeX2ε 美文書作成入門』 技術評論社 2017年1月

共同訳書[編集]

  • 『数値計算のためのレシピ C言語』技術評論社(原文は、Numerical Recipes in C, The Cambridge University Press)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 「略歴その他」『Haruhiko Okumura奥村研究室2015年7月9日
  2. ^ 「2015年度の肩書き」『Haruhiko Okumura奥村研究室2015年7月9日
  3. ^ a b c 『蘇るPC-9801伝説 永久保存版第2弾』 p.120「LHAの誕生と『SIG SCIENCE』」
  4. ^ a b c 「平成19年度プラズマ・核融合学会賞受賞者」『プラズマ・核融合学会プラズマ・核融合学会2008年1月18日
  5. ^ 「メディア知能情報」『2012年度詳細-情報処理学会情報処理学会
  6. ^ 「2012年度(平成24年度)山下記念研究賞」『2012年度-情報処理学会情報処理学会
  7. ^ 「奥村晴彦」『奥村 晴彦 | Haruhiko Okumura奥村研究室2015年3月20日
  8. ^ Haruhiko Okumura『逓信総合博物館 (Communications Museum, Tokyo, Japan) | Flickr - Photo Sharing!フリッカー
  9. ^ 「その他」『雑多な業績奥村研究室2009年4月18日
  10. ^ https://twitter.com/h_okumura/statuses/357106853127262208
  11. ^ "https://twitter.com/h_okumura/statuses/356635089209274368"
  12. ^ "https://twitter.com/h_okumura/statuses/356643460016640001"

関連人物[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • アスキー書籍編集部、多根清史(当該特集記事のインタビュー・文)(編)、2007、『蘇るPC-9801伝説 永久保存版第2弾』、アスキー

外部リンク[編集]