奥城 (尾張国)

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奥城
愛知県
保育園内にある奥城の石碑
保育園内にある奥城の石碑
別名 江松城
城郭構造 平城
天守構造 なし
築城主 梶川高盛
築城年 戦国時代
主な城主 梶川高盛徳川家康織田信雄
廃城年 天正12年(1584年)頃
遺構 石碑
指定文化財 なし
再建造物 なし
位置 北緯35度19分38.8秒東経136度45分14.7秒

奥城(おくじょう)は、現在の愛知県一宮市奥町に存在した日本の城平城)である。

概要[編集]

小牧・長久手の戦いの際に、この城は織田徳川連合軍の拠点の内の1つとなった。小牧・長久手の戦いが長期化したので、豊臣秀吉西尾張に移動し加賀野井城、奥城、竹ヶ鼻城を囲んだ。その際織田信照を迎えて籠城したが落城した。

一宮市立奥町西保育園や宅地になっており遺構は残っていない。保育園内に石碑が建っている。

所在地[編集]

  • 愛知県一宮市奥町字川並東

関連項目[編集]

外部リンク[編集]