奥井迪

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奥井 迪(おくい ふみ、1981年12月19日 - )は、北海道札幌市出身の女子競輪選手。選手登録地は東京都、ホームバンクは立川競輪場日本競輪学校第106期生。師匠は富山健一(43期、引退)。

来歴[編集]

小学校のときから兄[1]の影響でアルペンスキー(以下、スキー)に取り組み、札幌第一高等学校時代、全国高等学校スキー大会(インターハイ)の回転で優勝。その後、早稲田大学(以下、早大)に進学。2003年冬季ユニバーシアードに出場[2]。卒業年となる2004年に、第59回国民体育大会・大回転で優勝した[3]

だが、早大卒業後、中学校保健体育教諭となったこともあり、スキーはプライベートレベルの出場にとどまった。このことについて、「スキーでは不完全燃焼だった。五輪に出たいと思っていたけれど、自分の中で限界を作っていた」と述懐[4]

転機は2012年の春、札幌第一高等学校のOB会に出席した際、同校のOBで、スキー選手から転じて競輪選手となった藪下昌也(52期、引退)に、『今年から女子競輪(ガールズケイリン)が始まるぞ』と言われたことがきっかけだった。同年8月、ガールズサマーキャンプに参加。これでさらに意欲が増したことから、競輪学校受験を決意。2012年12月20日競輪学校第106回適性試験に合格[5]。同校では生徒会長を務めた。また、在校競走成績は6位(12勝)だった[6]

2014年5月14日武雄競輪場でデビューし5着。初勝利は同年5月31日名古屋競輪場で挙げたが、これは初優勝でもあった[7]

2015年には17連勝(9月18日 - 12月4日)を記録[8]2016年にも19連勝(5月13日 - 7月16日)を記録。ガールズグランプリは2015年・2016年・2017年と3年連続で選出され[9]、うち2016年と2017年は2着(特に2017年はタイヤ差)であった。ガールズケイリンコレクションも2015年3月の京王閣ステージで初出場以降はほぼ毎回選考され出場している。ガールズケイリンフェスティバルでは、第4回大会(2017年)では選考順位1位として選出された[10]

2019年1月16日高知競輪場2日目7レースにて勝利し、ガールズケイリンで初となる通算300勝を達成(414戦目での達成。勝率.725)[11]。登録日から4年9ヶ月6日(登録日を含まない)での達成であり、登録日から7年以内という規程に基づきJKAより表彰対象となり、翌2月10日にホームバンクである立川競輪場にて通算300勝達成表彰式が執り行われた[12]

競走スタイル[編集]

戦法は逃げが主体で、連対時の決まり手も逃げが多く、先行日本一と称される[13]

脚注[編集]

  1. ^ 兄の奥井理(みがく)は画家を目指していたが交通事故により19歳で夭折し、札幌市中央区旭ヶ丘に両親の運営する記念ギャラリーが設置されている。
  2. ^ 第21回ユニバーシアード冬季大会 競技結果:スキー(アルペン)
  3. ^ 国民体育大会記録集(PDF、第1回から第65回まで)
  4. ^ 2013年04月16日 さよなら教壇 ケイリンで五輪再挑戦 - 朝日新聞(リンク切れ)
  5. ^ 日本競輪学校第106回生徒入学試験合格者名簿 (PDF)
  6. ^ 競走成績戦法別一覧表(女子第3回生)総合 (PDF)
  7. ^ 2014/05/31(最終日)第12レースA級ガールズ決勝
  8. ^ 奥井迪1着も失格、小林莉子は落車で大波乱/和歌山  日刊スポーツ 2015年12月5日17時0分
  9. ^ 2018年は僅かに賞金が足らず補欠であった。
  10. ^ ガールズケイリンフェスティバル2017(FⅡ) 出場予定選手 (PDF)”. KEIRIN.JP (2017年5月23日). 2017年5月24日閲覧。
  11. ^ ガールズ初!奥井迪選手の通算300勝達成について”. KEIRIN.JP (2019年1月16日). 2019年1月16日閲覧。
  12. ^ 奥井迪選手の通算300勝表彰式が行われました!”. ガールズケイリン情報配信サイト (2019年2月11日). 2019年2月11日閲覧。
  13. ^ “【ガールズグランプリ】奥井迪 ホームバンクの夢舞台で"先行日本一"を証明する”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2016年12月27日). http://www.tokyo-sports.co.jp/race/2016gp/633838/ 2017年8月11日閲覧。 

外部リンク[編集]

関連項目[編集]