奈良節雄

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奈良節雄
SETSUO Nara
故人
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基本情報
本名 奈良節雄
ラテン文字 SETSUO Nara
日本語 奈良節雄
誕生日 (1936-12-16) 1936年12月16日
没年月日 (2000-01-27) 2000年1月27日(63歳没)
日本の旗 日本
ドラフト  
選手経歴
1959-???? 日本鉱業
代表歴
キャップ 1956メルボルン五輪
1958アジア大会
1960ローマ五輪
1962アジア大会
1963世界選手権
1964東京五輪

奈良 節雄(なら せつお、1936年12月16日 - 2000年1月27日)は、日本の元バスケットボール選手。日本バスケットボール史上唯一、オリンピックに3回出場した選手である。

来歴[編集]

疎開先の秋田県小坂町の中学校でバスケを始め、神奈川県立川崎高等学校ではバスケのみならず、陸上競技でも走り幅跳びや走り高跳びで県の記録を持っていた。立教大学に進学後、1年次にオールジャパン優勝を経験。19歳でメルボルン五輪に出場する。

卒業後、日本鉱業に入社。ローマ東京五輪にも出場。東京五輪では主将を務めた。世界選手権1963年に出場した。

日本鉱業でもチームの黄金時代に貢献した。

引退後は日本鉱業金属加工営業部に勤務。全日本のコーチも務めた。
日鉱商事取締役を務めた。

日本代表歴[編集]

  • 1956メルボルン五輪
  • 1958アジア大会
  • 1960ローマ五輪
  • 1962アジア大会
  • 1963世界選手権
  • 1964東京五輪

関連項目[編集]