太田敏郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

太田 敏郎(おおた としろう、1927年5月20日 - )は、日本実業家ノーリツ創業者で、同社代表取締役社長や、神戸商工会議所副会頭などを務めた。

人物・経歴[編集]

兵庫県姫路市出身。海軍兵学校卒業後[1]、タイル職人植松清次風呂を事業化するため、1950年に神戸市で能率風呂商会を設立したが連鎖倒産の憂き目に合う[2]。1951年能率風呂工業(現ノーリツ)設立[1]、同社取締役就任。ガス給湯器の開発で成功し、プロパンガスの普及もあり家庭への浴室普及が促進されるという大きな社会的影響を与えた[2][3]

1964年に取締役会代表取締役社長を解任される。1966年常務取締役。1968年自身の解任を主導した後任社長を解任し、専務取締役に就くとともに、子飼いの役員を代わりの社長に据える。業績好調の最中、1980年に取締役副社長を経て代表取締役社長に復帰。1994年神戸商工会議所副会頭[1]。1995年代表取締役会長。2004年名誉会長[2][4]

著書[編集]

  • 『お風呂は人を幸せにする:わが心の自叙伝』神戸新聞総合出版センター 2008年

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c 「(8)ノーリツ名誉会長 太田敏郎 子孫に平和で安全な社会を」神戸新聞2014/11/16
  2. ^ a b c 2016/10/14日経産業新聞p20「ノーリツ名誉会長太田敏郎氏・仕事人秘録」
  3. ^ 父が急死、27歳で社長に 宣伝カーで能率風呂PR ノーリツ名誉会長 太田敏郎氏(9) 2016/10/14 2:30日経産業新聞
  4. ^ [1]