鳥之石楠船神

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鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)は、日本神話に登場するであり、また、神が乗るの名前である。別名を天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、天鳥船(あめのとりふね)という[1]

神話での記述[編集]

神産みの段でイザナギイザナミの間に産まれた神で、鳥の様に空を飛べる。『古事記』の葦原中国平定の段では、天鳥船神が建御雷神の副使として葦原中国に派遣され[2]事代主神の意見をきくために使者として遣わされた。しかし『日本書紀』の同段では天鳥船神は登場せず、事代主神に派遣されたのも稲背脛という別の者になっている。稲背脛は「熊野諸手船、またの名を天[合+鳥]船」という船に乗っていったというが、古事記では天鳥船神それ自身が使者となっている[3]。また熊野諸手船は美保神社の諸手船神事の元である。

これとは別に、『日本書紀』の神産みの段本文で、イザナギ・イザナミが産んだ蛭児を鳥磐櫲樟船(とりのいわくすふね)に乗せて流したとの記述があるが、『古事記』では蛭子が乗って行ったのは鳥之石楠船神ではなく葦船(あしぶね)である。

また『日本書紀』の神武天皇の章には、『饒速日命、天磐船(あめのいわふね)に乗りて、太虚(おほぞら)を翔(めぐり)行きて、是(こ)の郷(くに)を睨(おせ)りて降(あまくだ)りたまふ』と記されており、平安時代の偽書ともいわれる『先代旧事本紀』では、饒速日尊が天磐船で大和に天下ったとの記述は詳細なものになっている[4]

解説[編集]

神名の「鳥」は、船が進む様子をが飛ぶ様に例えたとも、水鳥が水に浮かんで進む様に例えたともされる。「石」は船が堅固であることの意、「楠」は、船は腐食しにくいの材で作られていたことによるかとの説が一般的である。

建御雷神が天鳥船とともに天下ったのは、雷神は船に乗って天地を行き来すると考えられていたためかとも推測される[5]

神名から船の神、運輸・交通の神とみられるが、鳥之石楠船神を祀る神社は少ない。鳥之石楠船神(天鳥船神)を祀る神社には、神崎神社千葉県香取郡神崎町)、隅田川神社東京都墨田区)、大鷲神社横浜市南区)、鳥船神社埼玉県所沢市)などがある。

脚注[編集]

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  1. ^ 武田 (1996), pp. 26, 212.
  2. ^ 武田 (1996), pp. 60, 244.
  3. ^ 同一視する説もあるが、天鳥船と熊野諸手船の関係や相違などは不詳。
  4. ^ しかし『日本書紀』にしろ『先代旧事本紀』にしろ鳥磐橡櫲樟船と天磐船との関係や相違などは明らかになっていない。
  5. ^ ただし日本書紀にはそのような記述はなく、あまくだってきたとされる神々は多いのになぜ雷神と饒速日命だけが船に乗るのか不審でもあるため、さほど有力な説ではない

参考文献[編集]

  • 武田祐吉編 『新訂古事記』、中村啓信 (補訂・解説) 角川、1996年 [1977年]。