天皇誕生日
天皇誕生日(てんのうたんじょうび)は、日本の国民の祝日の一つである。旧:天長節(てんちょうせつ)。
日付は、今上天皇の誕生日にあたる2月23日である。平成時代(1989年から2018年まで)は125代天皇(現・上皇)の誕生日である12月23日であった。変更後初となる令和2年(2020年)の天皇誕生日は日曜日のため、翌24日が振替休日となる。なお天皇の譲位が行われた2019年(平成31年/令和元年)は、今上天皇は即位する前に、上皇は退位した後に誕生日を迎えることから、昭和23年(1948年)の祝日法施行以来はじめて天皇誕生日のない年となる[2](ただし、1912年(明治45年/大正元年)が旧法における天長節のない年だったため、実質的に2回目である)。
目次
概要[編集]
| 宮中祭祀 |
| 四方拝 |
| 歳旦祭 |
| 元始祭 |
| 先帝祭(昭和天皇祭) |
| 先帝以前三代の例祭 (孝明天皇祭) |
| 〈紀元節祭〉 |
| 祈年祭 |
| 天長祭〈天長節祭〉 |
| 春季皇霊祭・春季神殿祭 |
| 神武天皇祭・皇霊殿御神楽 |
| 先后の例祭 (香淳皇后祭) |
| 節折・大祓 |
| 先帝以前三代の例祭 (明治天皇祭) |
| 秋季皇霊祭・秋季神殿祭 |
| 神嘗祭 |
| 鎮魂祭 |
| 招魂祭 |
| 新嘗祭(大嘗祭) |
| 賢所御神楽 |
| 先帝以前三代の例祭 (大正天皇祭) |
| 節折・大祓 |
| (式年祭・旬祭) |
| 国民の祝日 |
|---|
| 1月 |
|
元日:1月1日 成人の日:1月第2月曜日 |
| 2月 |
|
建国記念の日:2月11日 天皇誕生日:2月23日 |
| 3月 |
| 春分の日:春分日 |
| 4月 |
| 昭和の日:4月29日 |
| 5月 |
|
憲法記念日:5月3日 みどりの日:5月4日 こどもの日:5月5日 |
| 7月 |
| 海の日:7月第3月曜日 |
| 8月 |
| 山の日:8月11日 |
| 9月 |
|
敬老の日:9月第3月曜日 秋分の日:秋分日 |
| 10月 |
| 体育の日:10月第2月曜日 |
| 11月 |
|
文化の日:11月3日 勤労感謝の日:11月23日 |
| その他 |
| 休日 - 振替休日 - 国民の休日 |
天皇誕生日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「天皇の誕生日を祝う。」ことを趣旨としている。天皇の誕生日を祝う日である。
天皇誕生日は、慣例により日本の国家の日(ナショナル・デー)とされる[1]。昭和23年(1948年)までは、天長節(てんちょうせつ)と呼ばれていた。
天皇誕生日の日付は、祝日法が施行された翌昭和24年(1949年)から昭和63年(1988年)までは昭和天皇の誕生日である4月29日、平成元年(1989年)から平成30年(2018年)までは明仁の誕生日である12月23日であった。
天皇誕生日に際しては以下の行事を行う。
- 天皇の住居である皇居内の宮中では、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀が行われる。
- 伊勢神宮を始め、各地の神道神社では天長祭が行なわれる。
- 海上自衛隊では、基地・一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾が行われる。
- 外国駐在の日本大使館等の在外公館ではナショナルデーとしてレセプションが行われる(当日ではない)。
皇后の誕生日は地久節(後述天長地久から対比となっている)と呼ばれるが、第二次世界大戦前から国家の祝日にはなっていない。
他の君主制国家における国王誕生日と同様、在位中の天皇の誕生日に合わせて移動する(共和制国家では初代大統領ないし国家元首の誕生日だけが祝日指定になっている事が多い)。
歴史[編集]
古代・中世[編集]
天長節の名は古く、唐は玄宗皇帝の誕生日を天長節と祝った事に由来する。中国暦開元17年(天平元年、729年)に「千秋節」と改められたが、19年後の天宝7年(天平勝宝元年、748年)に「天長節」と改められた。「天長」は老子の「天長地久」より採られている[3]。
日本では光仁天皇時代の宝亀6年(775年)10月13日(11月10日)に天長節の儀が執り行なわれ、臣下は天皇の好物の酒を献上して宴を賜った。
是日天長大酺群臣献翫好酒食宴畢賜禄有差
十月十三日是朕生日毎至此辰威慶兼集宜令諸寺僧尼毎年是日転経行道海内諸国竝宜断屠内外百官賜酺宴一日仍名此日為天長節庶使廻斯功徳虔奉先慈以此慶情普被天下
と勅が下された)、と宝亀10年(779年)の記録にも見られるなど平安時代は既に執り行なわれており、室町時代の記録として『御湯殿上日記』に記述がある。
近代・現代[編集]
明治元年9月22日(1868年11月6日)に天長節を国家の祝日として祝し、8月26日(10月11日)に太政官布告で「九月二十二日ハ聖上ノ御誕辰相当ニ付毎年此辰ヲ以テ群臣ニ酺宴ヲ賜ヒ天長節御執行相成天下ノ刑戮被差停候偏ニ衆庶ト御慶福ヲ共ニ被遊候思召ニ候間於庶民モ一同嘉節ヲ奉祝候様被仰出候事」と布達された。明治2年(1869年)は各国公使を延遼館へ呼び寄せて酒饌を賜い、明治3年(1870年)は諸官員、非職員、華族などが拝賀し、勅任官は禁中で、奏任官以下は各官省で酺宴(ほえん)を賜い、諸軍艦で祝砲が撃たれた。天長節の儀礼が整ったのは明治5年(1872年)で、同年の天長節の勅語で
茲ニ朕カ誕辰ニ方リ群臣ヲ会同シ酺宴ヲ張リ舞楽ヲ奏セシム汝群臣朕カ偕ニ楽シムノ意ヲ体シ其ノ能ク歓ヲ尽セヨ
と宣した。ついで奏任官以上の総代として太政大臣三条実美が、華族総代として従一位中山忠能がそれぞれ奉答した。明治6年(1873年)の太陽暦採用後は11月3日へ変更し、10月14日の太政官布告で国家の祝日と規定された。
後年、即位した天皇の誕生日にあわせて天長節が定められた。昭和23年(1948年)までは、年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム、休日ニ関スル件など太政官布告や勅令で具体的な日付が規定された。戦前は新年(現在の元日、1月1日)・紀元節(現在の建国記念の日、2月11日)・明治節(現在の文化の日、11月3日)ともに四大節の一つとして、盛大に奉祝された。
7月30日に明治天皇崩御・大正天皇践祚となった明治45年・大正元年(1912年)は、11月3日(明治天皇誕生日)に予定していた天長節を8月31日(大正天皇誕生日)へ変更する手続きが9月4日になり、天長節が存在しなかった。
大正天皇の誕生日は盛暑期で各種式典の斎行が困難であることから、翌年以降は2か月後の10月31日[4]を天長節祝日として本来の誕生日を避けた。休日としても大正2年(1913年)に改正された「休日ニ関スル件」により天長節祝日が制定された。8月31日は行事を催さないが休日であり、天皇誕生日による休日が年2回となった。
第二次世界大戦後の昭和23年(1948年)は祝日法が制定され、昭和24年(1949年)以降は天皇誕生日として国民の祝日と定められて現在に至る。祝日法制定に先立って行われた「希望する祝日」の政府の世論調査は、「新年」に次いで「天皇陛下のお生まれになった日」が第2位であった。
近代・現代史上での歴代天皇の天長節・天皇誕生日[編集]
| 時期 | 在位天皇 | 誕生日 | 法定の祝日 | 根拠法 |
|---|---|---|---|---|
| 明治元年8月26日(1868年10月11日) - 明治6年(1873年)7月23日 |
明治天皇 | 11月3日 (旧暦9月22日) |
旧暦9月22日(天長節) | 明治6年太政官布告第258号による改正前の明治元年行政官布告第679号 |
| 明治6年(1873年)7月24日 - 10月14日 |
11月3日(天長節) | 明治6年太政官布告第258号 | ||
| 明治6年(1873年)10月14日 - 明治45年(1912年)7月30日 |
休日ニ関スル件(大正元年勅令第19号)による廃止前の明治6年太政官布告第344号 | |||
| 明治45年(1912年)7月30日 - 大正元年(1912年)9月4日 |
大正天皇 | 8月31日 | ||
| 大正元年(1912年)9月4日 - 大正2年(1913年)7月16日 |
8月31日(天長節) | 大正元年勅令第十九号中改正ノ件(大正2年勅令第259号)による改正前の休日ニ関スル件(大正元年勅令第19号) | ||
| 大正2年(1913年)7月16日 - 大正15年(1926年)12月25日 |
8月31日(天長節) 10月31日(天長節祝日) |
大正元年勅令第十九号休日ニ関スル件改正ノ件(昭和2年勅令第25号)による全部改正前の休日ニ関スル件(大正元年勅令第19号) | ||
| 大正15年(1926年)12月25日 - 昭和2年(1927年)3月4日 |
昭和天皇 | 4月29日 | ||
| 昭和2年(1927年)3月4日 - 昭和23年(1948年)7月20日 |
4月29日(天長節) | 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)附則第2項による廃止前の休日ニ関スル件(昭和2年勅令第25号) | ||
| 昭和23年(1948年)7月20日 - 昭和64年(1989年)1月7日 |
4月29日(天皇誕生日) | 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律(平成元年法律第5号)による改正前の国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号) | ||
| 昭和64年(1989年)1月7日 - 平成元年(1989年)2月17日 |
上皇 | 12月23日 | ||
| 平成元年(1989年)2月17日 - 平成31年(2019年)4月30日 |
12月23日(天皇誕生日) | 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号) | ||
| 令和元年(2019年)5月1日 - | 今上天皇 | 2月23日 | 2月23日(天皇誕生日) | 天皇の退位等に関する皇室典範特例法附則第10条(平成29年法律第63号)による改正後の国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号) |
天皇誕生日(天長節)による休日は、昭和23年(1948年)7月19日以前は年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム、休日ニ関スル件などの太政官布告や勅令で、昭和23年(1948年)7月20日以降は国民の祝日に関する法律で日が規定される。天皇誕生日は皇位継承で自動的に移動・変更されず、法を改正して新たに天皇誕生日を規定する法令が施行される必要がある。
平成31年/令和元年(2019年)のように新帝誕生日(2月23日) - 先帝譲位日(4月30日) - 先帝誕生日(12月23日)の時系列になる場合は、必然的に天皇誕生日による休日がない年となり、他にも、明治45年/大正元年(1912年)のように先帝崩御日(7月30日) - 新帝誕生日(8月31日) - 法改正(9月4日) - 先帝誕生日(11月3日)の時系列になる場合でも、天皇誕生日による休日がない年となる。また、先帝がその誕生日より前の日に崩御し、先帝崩御日の後に近接する日が新帝誕生日である場合は諒闇の兼ね合いが生じ、天皇誕生日による休日がない年となる可能性がある。
一世一元の制制定以降の4代天皇の崩御または退位後の誕生日の扱い[編集]
休日ニ関スル件、国民の祝日に関する法律ともに天皇の誕生日は先帝崩御(譲位)・新帝践祚に伴い移動する。休日ニ関スル件は天長節に代わり先帝崩御日が先帝祭となっていた。国民の祝日に関する法律は原則として先帝誕生日は休日にならず、先帝祭に相当する休日も設けていない。明治時代以降、先帝誕生日が休日になった事例が2回ある。
- 明治天皇の誕生日:11月3日
- 明治天皇の誕生日11月3日は崩御後に平日とされたが、崩御から15年後の昭和2年(1927年)に明治節として休日とされた。休日ニ関スル件時代に、国民の帝国議会への請願を受けて設けられた唯一の休日である。
- 第二次世界大戦以前は、大日本帝国憲法下で旧陸海軍の大元帥とされた天皇による観兵式が行われ、宮中席次第一階ないし第三階第二十七の者ならびに勲一等雇外国人および伯、子、男爵ならびに大日本帝国駐剳各国大使、公使らが宮中に召されて豊明殿で宴会が催され、天皇が親臨して勅語を賜り、内閣総理大臣、大使、公使の首席が奉答の辞を述べて聖寿の無疆を祝した。
- 戦後は明治節に関係なく、大日本帝国憲法の改正手続を経て昭和21年(1946年)11月3日に日本国憲法が公布されて、国民の祝日「文化の日」となった。当時の首相吉田茂は憲法制定を、当初は8月11日公布で2月11日(紀元節)施行としたが、間に合わずに11月3日(明治節)公布で5月3日施行とし、意図的にそれまでの四大節に日程を合わせた。
- 大正天皇の誕生日:8月31日
- 大正天皇の誕生日である8月31日と、その誕生日(天長節)が盛暑期であることを理由とした10月31日の天長節祝日は、明治天皇や昭和天皇のように再び休日とされなかった。大正期限定の天長節祝日は、のちの休日増加の端緒となり、昭和期は明治節を制定して休日減少を回避した。
- 昭和天皇の誕生日:4月29日
- 昭和天皇の誕生日である4月29日は、平成元年(1989年)1月7日の崩御直後に祝日法改正で「みどりの日」として国民の祝日とされた。平成19年(2007年)からは「昭和の日」と名称が変更され、現在に至る。なお、同時に「みどりの日」は5月4日に変更された。
- 上皇の誕生日:12月23日
- 平成時代は祝日とされた第125代天皇明仁の誕生日である12月23日は、退位後の令和元年(2019年)より平日に戻る。これは存命である先帝たる上皇の誕生日も祝日にすることが、今上天皇との間で「二重権威」を生ずるとの懸念を払拭するため、天皇退位特例法の付則で定められたものである。