天野香久子

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天野 香久子(あまの かくこ、本名:奥村こと子[1]1904年明治37年)3月7日[1] - 没年不明)とは元宝塚少女歌劇団花組主演男役クラスの人物である。大阪府大阪市東区(現・中央区)玉造出身[2]。特技はダンス[1]。在団中は天才的なバレリーナといわれていた[3]
この芸名は小倉百人一首の第2番:持統天皇の『春過ぎて 夏來にけらし 白妙の 衣乾すてふ 天香具山 (はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま)』から命名された。

略歴[編集]

エピソード[編集]

  • 『血染めの舞踏靴(トゥシューズ)』という、天野香久子にまつわる話がある[3]。天野が在団中には立派なトゥシューズはまだ無くて、直ぐに折れそうな粗悪なトゥシューズしか無かった。けれども、天野は平氣でその粗悪で危険なトゥシューズを履いて日夜猛練習を重ねていたために、いつも足の爪が破れて、真っ赤な血が粗悪で危険な白色のトゥシューズをどろどろに彩っていた。天野がトゥシューズで歩いたあとは血で床に印がついたという[4]

宝塚少女歌劇団時代の主な出演[編集]

  • 『罰』(1920年3月20日 - 5月20日、宝塚新歌劇場(公會堂劇場))
  • 『ネヴヰーライフ』(第一部)(1921年7月20日 - 8月31日、宝塚新歌劇場(公會堂劇場))
  • 『盲目と僧』(花組)(1922年8月1日 - 9月10日、宝塚新歌劇場(公會堂劇場))
  • 『すくなびこな』『龍井寺由來』(花組)(1923年4月11日 - 5月10日、宝塚新歌劇場(中劇場))
  • 『マルチンの望』(花組)(1923年9月25日 - 10月24日、宝塚新歌劇場(中劇場))
  • 『諧謔』(花組)(1924年5月1日 - 5月21日、宝塚新歌劇場(中劇場))
  • 『鼎法師』(花組)(1924年11月1日 - 11月30日、宝塚大劇場
  • 『阿含焔』『鐘曳』(花組)(1925年2月1日 - 2月28日、宝塚大劇場)
  • 『二人袴』(花組)(1925年12月1日 - 12月28日、宝塚大劇場)
  • 『幻』『煙草から』(花組)(1926年3月1日 - 3月31日、宝塚大劇場)
  • 『起居舞』(花組)(1926年5月1日 - 5月31日、宝塚大劇場)
  • 『殿様落ちた』『眞夏の夜の夢』(花組)(1926年9月1日 - 9月30日、宝塚大劇場)
  • 『篁詫狀文』『慈光』(花組)(1927年3月1日 - 3月31日、宝塚大劇場)

出典[編集]

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  1. ^ a b c 『日本歌劇俳優写真名鑑』藤山宗利著、歌舞雑誌社、1920年、P144
  2. ^ 『寶塚の歌劇少女』橋詰せみ郎著、新正堂書店、1923年12月5日、P61
  3. ^ a b 『宝塚小夜曲』丸尾長顕著、ポプラ社、1950年2月20日、P71
  4. ^ 『宝塚小夜曲』丸尾長顕著、ポプラ社、1950年2月20日、P72