天孫氏

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天孫氏(てんそんし)は、『中山世鑑』や『中山世譜』などの琉球の歴史書に登場する、琉球最初の王統とされる氏族。

概要[編集]

『中山世鑑』によれば、天帝が阿摩美久(あまみく)という神を下界に遣わし、琉球の島々を創らせた。しかしまだそれらの島々には人間が住んでいなかったので、阿摩美久は天帝に人の種子を乞い、天帝はこの願いを聞き入れて自らの御子の男女を降臨させ、二人から三男二女の子が生まれた。

長男は天孫氏の始祖、次男は諸侯の始祖、三男は百姓の始祖、長女は君々(高級神女)の始祖、次女はノロ(地方神女)の始祖となったとされる。天孫氏は25代続き、17802年間統治したという。25代目のときに、利勇という家臣に滅ぼされた。

その後、利勇を滅ぼして国を立て直したのが舜天といわれている。

天孫氏王統は一般には神話的王統と見なされている。天孫氏の伝承に関して、羽地朝秀は袋中琉球神道記』(1605年成立、1648年刊)に拠ったのであろうと指摘されている。『琉球神道記』によれば、天より男女二人が下界し、男をシマリキユ、女をアマミキユと言った。二人から三子が生まれ、それぞれ「主の始」「祝(ノロ)の始」「土民の始」になったとされ、『中山世鑑』と類似の神話が語られている。

関連項目[編集]

参考文献[編集]